当事者の手記

 
   
「一財界人書き留め置き候」  萩原吉太郎  講談社
       元北炭会長萩原吉太郎氏の手記。萩原氏の慶応大学在学中から、北炭の経営不振が深刻化した
      昭和55年頃までの各種エピソードが記されている。各界との交友記には歴代総理や自民党幹部、財
      界首脳との交流の歴史が記されており、政商といわれた萩原氏の政治力を実感する。古本屋等で入
      手可能。


「随縁真如」 萩原吉太郎 青娥書房
       萩原吉太郎氏二冊目の手記であり、「遺言書」とも言うべき書物。萩原氏の生い立ちから平成10年
      頃までのエピソードが記されている。この間には夕張新鉱の事故や北炭の倒産など、歴史的な事件
      が相次いでおり、一連の出来事に関する萩原氏の見解が記されており興味深い。
       本書は限定500部の非売品で関係者にのみ配布されたものであり、入手は不可能と思われたが私
      は偶然に入手することができた。


「夕張新炭鉱の大事故」  赤石昭三 旭図書刊行センター
       夕張新鉱事故当時、北炭夕張炭鉱(株)取締役総務部長で後に北炭常勤監査役となった赤石昭三
      氏の手記。事故から夕張新鉱閉山に至る経過や北炭首脳の動きが詳細に記録された一級資料。ま
      た、事故当時北炭を厳しく糾弾した報道陣が影ではどのような振る舞いをしていたかも記されており、
      事故報道のあり方をも問う問題作でもある。
       是非とも皆様にご一読頂きたいところであるが、本書は私家版であり、出版社にも赤石氏の手元に
      も残部はなく、再出版の予定もないという。入手はほぼ不可能であり、国会図書館等での閲覧に頼る
      しかないのが現状である。本書は極めて貴重な資料であるだけに、再出版が望まれる。
        先日、ついに入手!!


「帰らざる小徑」  政安裕良

       北炭の労務畑出身で、後に日本精糖に転じた政安裕良氏の手記。本書では「北炭喪失の責任は萩
      原氏にあり」と手厳しい萩原批判を展開している。
       本書には萩原氏が北炭のドンとして君臨するまでに激烈な社内抗争を展開していたことや、私情で
      北炭社長を交代させていたなど、興味深いエピソードが紹介されている。
       本書も「夕張新炭鉱の大事故」同様に私家版であり、入手はほぼ不可能。


「わが思い出と近況」  松本定 近代文芸社

       住友石炭鉱業の常務から杵島炭鉱の社長に転じた松本定氏の手記。佐賀県最大と言われた杵島
      炭鉱争議の顛末が記されている。全64ページと、内容はあまり多くない。現在でも入手可能。


「海外炭が日本を救う」  松井了 河出書房新書

       電源開発の代表取締役常務を努めた松井了氏の手記。電源開発は我が国で初めて海外炭輸入を
      行った会社であり、松井氏はその当事者。エネルギー革命が進行する中、時代への逆行と言われな
      がらも海外炭輸入を行った電源開発および松井氏の先見の明には驚かされる。現在でも入手可能。


「大正鉱業始末記−労使対立の悲劇−」  田中直正 大正鉱業精算事務所

       元大正鉱業社長である田中直正氏の手記。大正鉱業は大手炭鉱十八社の一つであったが、十八社
      中最も早い昭和39年に解散した企業であり、田中氏は大正鉱業再建のため各方面から要請されて副
      社長(のち社長)に就任した人物。
       田中氏の大正鉱業入りから労働組合との過激な闘争を経て、最終的に同社が解散に至る経過が詳
      述されており、労使関係のあるべき姿について深く考えさせられる一冊。
       本書は出版年度が古い上非売品であり、入手は困難と思われる。


「炭労〜激闘あの日あの時〜」  日本炭鉱労働組合  平成4年4月

       かつて数十万人の構成員を有し、戦後の労働運動に大きな影響を与えた日本炭鉱労働組合(炭労)
      の記念誌。各炭鉱の労組員の手記が多数掲載されており、貴重な資料となっている。


「高島のヤマの子らの叫び」  三菱高島炭砿労働組合 昭和61年12月

        高島に住む小学生や中学生の炭砿存続を訴える手記を集めた書籍。手記を読み進めると、子供たちの
      高島への想いと閉山に直面した不安がひしひしと伝わってくる。
       高島鉱閉山から今年(平成16年)で20年。手記を書いた子供たちはもう大人になっている。