星と雨採りと雨

















昼間だというのに、太陽はすっぽりと厚い雲の壁の後ろに隠れてしまっている。
ウォーカーは、冬の東京の寒空で散歩をしている最中だった。

この寒さに萎縮してしまっているのか、
雀達は地面でさえずっている。水浴びはせず、砂浴びに興じる。
烏は、水気の無い、渇いた田をつっついている。
ねずみは、建物の中に引っ込んだままだ。
この寒さは、彼らにとっても、忌々しいものなのか。
生物学者になったような気分で、ウォーカーは彼らの観察をしていた。
雲に触れることが出来てしまう程の、高い空でだった。
彼もここでは少し、肌寒さを感じた。

そうしていると、不意に、彼のくすんだ水色、灰色に近いコートを、引っ張る者が出てきた。
彼は、体とつながっていない頭が、わずかに身体よりも先に出たことで、その事に気付く。
なんだろう、と思う。
雀の言葉を話せばいいか、烏の言葉を話せばいいか。
玄鳥は夏鳥であるから、
今の季節、この空で赤いのどを鳴らして飛んでいることは、ないだろう。

(困りましたね)

どの言葉も自分はあまり話せないのだ。
そうして考えていると、不意の者が、また一度、裾をくいっと引いた。
雀にしては、引きに思い切りがある。烏だろうか。
彼らにはこの頭を突付かれることもよくあることだ――
彼は、嘴が細い方の烏の声を準備した。
都会の空にいるのは、そればかりのはずだ
ウォーカーは咳払いをすると、振り返った。



――ワタシ アメトリ。アナタ ダアレ?――



――…そこにいたのは、ああ、なんと可愛らしいことだろうか、
パステル調の二次色の体は、直線的なフォルムも持ち合わせているが、
ふわり、ふわりとしている。
頭は向かい風を受けたように、先はとんがっていて、
後ろは、青々と生い茂る草原の一端の様だ。
円らな瞳が瞬きする毎に、
はっきりとした、長い睫毛がその存在を主張する。
すべてが、印象的だった。

――ワタシ アメトリ―アナタ ダアレ、ダァレ?――

テレパシーを会話方法とするらしい。
頭に直接届いてきた声のそれもまた、それはそれは、可愛らしかった。

「こんにちわ。…私の名前は、ウォーカーといいます。」

ウォーカーは、挨拶のあとに『お嬢さん』と付け加えようとしたが、
その言葉をとっさに飲み込んでしまった。
どちらだか、まだちゃんとわかっていない。
こういった不思議な生き物ならば、どちらでもない、というのも不思議ではない。

――おーか?――

「ウォーカー。」

日本人にありがちな稚拙なリスニングのそれを上回る相手の幼い問い返しに、
ウォーカーくすりと笑みをこぼした。
アメトリは首を傾げていたが、 元気よく頷いた。

――オホシサマノナマエ、ウォーカ。
   ウォーカ、アメトリ、オナジ、トンデル。
   アメトリ、ウレシイ、ウレシイ!――

アメトリは嬉しそうに、思い切り目を閉じると、
くるくると飛び回った。
一緒に飛ぼうと言うので、ウォーカーもそれに付き添った。
それにしても、すばしっこい。
自由に飛び回るアメトリに、ウォーカーは、付いて行くだけで精一杯だった。

――ウォーカ イッショニ、コレヤル――

ウォーカーが息切れして、超高層ビルの、最近普及してきた木造貯水槽に座って
休んでいるとき、アメトリが今度はそう言って誘った。
そろそろ息も整ったてきたのでいいかと思ったが、
それがまた、体力消耗の激しい遊びだった。
アメトリは浮かび上がったて、ウォーカーの頭に触れた。

――ウォーカ、オニ――

悪戯っぽい笑い声に包まれて、その告白は聞こえにくかった。

「はい?…え、あ、あ、えぇええぇ!?」

そう言って土星頭を地球儀のようにぐるり、ぐるりと回してしまって
――…次の瞬間、アメトリは、土星頭の視界から消え去った。
虹色の淡い光が、残り香のように、そこに残っているだけだった。
その向こう前方には、全体的に、白い雲ばかりが立ち並んでいるだけだ。

ウォーカーは、目眩がするのを感じた。
楽しそうな、可笑しそうな、くすくすという笑い声が聞こえた気がした。

「…全く…この子は。」



――オニサン、コチラ――

聞こえてきたその歌は、日本の童謡であると、ウォーカーは聞き知っていた。
実際に歌として聞くのは、初めてだ。
高速で流れ過ぎていく視界を少し下に下げると、遊んでいる子供達の家がある。
歌の在り処は、見つからない。
ウォーカーは辺りを見渡すばかりだ。

――テノナルホウヘ――

歌は続き、その詩の通りに、手拍子が加わった。
なんと一番近くの雲にアメトリは隠れていた。
見つけて、ああ、と捕まえようとするが、
彼にはそれは無理だった。
アメトリは次の瞬間、またそこから飛び去って、違う雲に隠れてしまったようだ。

――ミギカ ヒダリカ―テノナルホウヘ――

また、歌声が頭に響く。
アメトリを如何しても見つけられないウォーカーは、
目隠しされて、あやされる、立ち始めたばかりの幼児のような気分に陥った。
童謡のせいだった。
他にも、アメトリのこれは、古い古い歌を、いくつもいくつも歌った。
唄い手と叩き手は、いつまでたっても捕まえられない。
雲がかかる程に高い山の山頂、ウォーカーはまた息切れして(随分ともったものだ)しまって、
そこに寄り掛かれば、こう呼んだ。

「もう、駄目です……あ、アメトリさん…」

――ウォーカ、“アシガボウ”?――

疲れ果ててしまったウォーカーの目の前の雲から、アメトリがひょっこりと顔をのぞかせた。
その姿にぎょっとすることにも体力を使うが、彼は驚いてしまった。
あまりに近い、その距離。
アメトリは、ぱちくりとしているだけだった。

夕焼けが彼らの世界を包み込んでしまうまで、彼らはそこで語り合った。
アメトリは女の子で、ずっとずっと昔から日本の空に住んでいて、
雨のしずくや雪の粒が大好きなのだということだった。
それについては実践してくれたが、ウォーカーは雨雲の方を口にするのは少し拒まれた。
口にすれば苦い味が広がったが、瑞々しくて、爽やかだった。
暗雲立ち込める場所の雷雲も一ちぎりして、食べてみた。
コカコーラの何倍もの刺激が口の中で起こって、ウォーカーは舌を噛みそうになった。
アメトリがそれを食べると、虹色の花火の火花のように、ばちばちと身体を変形させた。
ウォーカーが本を見せてあげると、アメトリは大喜びでかぶりついた。
けれど彼女は平仮名(それも、一部分一部分だけ)しか読めなかったので、
彼は以前どこかの本屋で無料奉仕されていた幼児向けの絵本をプレゼントした。
アメトリはまた、ビュンビュンと風を切り、突風を裂き、およそ十は超える雲を突き抜けて、大喜びした。
日本中を、否、世界中を、わずか数秒で飛び回ってしまうのも可能なのではないか、
と、思わされるほどに。

夕陽が世に姿を現す頃には帰ろうと思っていたので、
ウォーカーは惜しいなあと思いながらも、今日はアメトリと別れることにした。
この後すぐに飛んでいかなければ、いつもお話している深窓のご令嬢の家に、間に合わない。
アメトリは意外にも、聞き分けがよかった。

――アメトリ、サビシクナイ。
   ジメン オリタラ、トリモイル。ネコモイル。イヌモイル。
   ヤマ オリタラ、クマイル。リスイル。タヌキモイル。
   アメトリ トモダチ、イッパイ―ダカラ、サビシクナイ――

「いい子ですね」

そう言って頭をふわふわと撫でてやると、アメトリは嬉しそうに目を細めて、笑顔になった。
睫毛は雨水だか、何だかで、潤んでいた。



「それでは、また。」



アメトリは、ウォーカーが去った後も、ずっと山の上空にいた。
何故だろうか、寂しい気持ちになった。
自分はあのお星様には、寂しくないと言ったはずだったのに、
空に住み始めて、いや、この世に生まれてから、一番寂しくなってしまった。
心にぽっかりと穴が開いて、そこを、冷たい冷たい北国の風が通り抜けていく感じ。
彼はペンシルバニアという国に行くと言っていたが、
アメトリは日本の空を出たことがなかったし、外国の空への道を知らなかった。
アメトリは自分には知らないことが沢山あることを、この日 知った。



その夜、日本全国共通で、大雨が降った。
風もなければ、雹でも雪でもない、県の境や地域ごとの気候などもろともしない、
何十、何百ミリという大雨だった。
一番雨が降り注いだのは、活火せぬ山、富士山の空だった。
けれどその雨は全て、強く肩や顔に打ち付けるものではなく、小雨や霧雨のような、優しい雨だった。



翌日、冬の東京の寒空で、冷たくて固まりそうになる身体に鞭打ってどこからかやってきた機械と
競争しているアメトリがいた。
勿論、アメトリの圧勝だった。機械は山の頂でブースターを休めた。アメトリも、一緒にそこに座った。
シルクハットに、変な髭をつけたその機械に名前はないと思っていたが、
アメトリは何故か、ふと、こう言いたくなった。







――ワタシ アメトリ。アナタ ダアレ?――





























今日もアメトリは、何かを知る。





























●―――――――――――――――――――――●
あとがき

と いうわけでウォーカーさんとアメトリさんとの、
知識欲・好奇心旺盛っぽい方々のお話でした。
教訓も何も無いんですよな俺の小説って大抵。
あまり大仰なドラマもないし。
その辺悩み所ですが楽しかったのでよいとします。
妙に「〜した」「〜だった」などと過去形が多いのは、
きっと先日国語の授業で習った志賀直哉の『城之崎にて』のせいでしょう。
でもおかげで最後の一文は際立ったかなあ、とか思ってます。はい馬鹿です。
βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ

ウォーカーさんは好奇心知識欲ともに旺盛そうなのは結構万国共通な感じ方ですが
アメトリの方はどうなんでございましょ。
俺は見た瞬間「コイツ子供っぽい!幼い!つーことは好奇心たっぷりだろああそうだろ!」
と感じたのでそのまんまの感覚で参りましたが。
二人とも大好きです。

因みに一部他のキャラを思わせる文がございますが、
誰なのかはご想像にお任せしやす。
そして絵ではウォーカーさん、アメトリの手を取ってますが
実際はんなこたーない。…ない。

因みにウォアメ同盟に送ってみたりしたい作品ですたとさ。
でもなんだか悲恋ぽい。切ない。やーん。
…いや、あくまでコンビのはず!…はず!!

03.11.15.

wacのセンスが割かし好きな五月雨杜真 書


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