+ Where are those whom I respect needed? +
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鼠色の瓦礫の山が建ち並ぶ。
不規則に毒々しい赤も交えて。
白い壁には、焼き付けられた人型の、
すすの色をした影。
雨。
何も無かったかのように―洗い落とされる、赤。
しかし少年の瞳に映るのは
―真っ赤な雨―
―真っ赤な壁―
―真っ赤な肉片―
目をぎゅっと閉じても、ぐい、と押し開いても、
目の前に広がるのは
絶望の赤色。
辛い。
冷えた身体は熱を出す。
寒さに身体の熱さが混じり、溶け合い、
彼の身体を―蝕んでいく。
けれど少年は、目を見開く。
いつ 父さんと母さんが帰ってきても
見失ったりしてしまわないように。
ここはギアの襲撃に遭い、
一度はその中での生活を断たれたものの―
十数年を掛け、復興した街で。
今では元よりも発展した町となっている。
一部の、その襲撃を目の当たりにしながら
辛くも生き残った人間は、その町のようにはいかないが。
トランクケースを片手に、私は狭い道の中を見回した。
笑いあう子供達。
襲撃の影を微塵に見せない。
語り合う女達。
争いごとなどとは、無関係そうな。
働く男達。
明るい明日のために―
それらは町の中で一際輝くもの。
―…いつもは顔を隠すために前にたらしてある銀髪は、
後ろに一房に束ねてある。
褐色の肌と薄暗い青の瞳が露わにされていた。
白いカッター。裾は糊付けされた黒のズボンの中に入れて。
仕事どきと変わらないのは、この小さめトランクだけ。
中に入っているのは撞球、ビリヤードの道具。
これを人殺しに使うなどとは―誰も考えない。
今の自分とかけ離れた日常の香りを―
…心地よくも、哀しく思う。懐かしみも覚えた。
昔は自分も、この中にいたのだ。
「…林檎、買いませんか?」
小さな声。聞き逃しそうだったところを危うく捕え、持ち主を探す。
「林檎、いかがですか?」
目の前だった―というより、それより下、目下だったが。
地味な赤色のブランケットを羽織った、三つ編みの女の子。
チョコレート色の髪はふわふわとした感じで美しいが、
多少 粗雑にまとめられていたため みずぼらしく見えた。
私がしゃがみ込むと、人見知りをしてか、たじろいだ。
「いくらだい?」
にこやかにそう聞くと、少しだけ笑って。
「1ワールドドルです…」
そう答えた。私はその答えにうなずいてトランクの中の財布を取り出し、
その中から1ワールドドルと…飴玉を取り出して、
少女の小さな手に落とした。
「ありがとう。」
少女はにっこりと私に笑いかけてから、
手にした丸みを帯びたバスケットに蓋をしたスカーフをめくって、
林檎を一つ取り出した。
「どうぞ」
と、私に手渡す。
「ありがとう。」
優しくそう言い返して。その柔らかな髪を撫でてやろうと、して―…
やめておく。
立ち上がり、手を振ると。返してくれた。その様子に、ついまた、顔がほころぶ。
そしてその少女はまた、雑踏の中へと消えていった。
手を振った後、かざしたままにしていた掌を広げ、じっと見つめる。
望まぬとはいえ―幾人と数え切れぬ人々の血に塗れた手。
その手で少女に触れようものなら―
消えてしまいそうに思えて。
消してしまいそうに思えて。
積み重ねてきた業を、強く握り締める。
― 一かじりした林檎はシャリッと音を立てて。
みずみずしく、柔らかな甘味をしていた。
と、そのとき。
「うわああぁぁ!!」
柔らかな絹を―人々の日常を裂き。引きちぎるように。
男の悲鳴が聞こえてきたのだ。
それから数秒 しん…とした後。
人々の顔に当惑、恐怖、混乱…様々な感情が浮かび。
道は、市場は、住宅地は…街は、混沌と化した。
喧騒はあまり好まない。かといって野次馬などになるつもりも毛頭無い。
ただ この街のゆるやかに流れる時間をせき止められ、
それどころかさかのぼらせたモノを―出来るのなら、
『断ち』たかった。
走る人々の身体が私の肩、腕、至る所に当たるが、
ひるまずに 逃げ惑う人々の流れに逆流して、道を歩む。
この混乱の泉の水源は、街の中心部らしい。
そこへ向かう途中のことだ、我先にと逃げ逃げていく人々の中で、
こう叫ぶ男が居た。
「影の化け物だ!!」
―影の―
その言葉に、私は―目を見張る。我が耳を疑う。
けれど、鼓動が―
鼓動が―早まるのが、解った。
影―それはあの方―ザトー様の操る物質。禁呪によって手に入れた力―
禁じられた。卑しく、下賎な。けれど強大な―禍々しい―力。
希望の光など差し込もうはずのないアサシン組織。
その首領に相応しいといえば、相応しい力。
―まさか こんな場所で。
あろうはずがない。
だが―。
いつの間にか立ち止まっていたが、私は―
弾かれたように走り出した。
走っていると、まだ正午にもならないというのに、薄暗闇が私を―
私だけでなく―建物―木―人々―街―を、飲み込んでいった。
見上げると、上空には津波のように押し寄せる黒い膜のようなモノがあった。
回りを見ると、それはもとから会った影を吸い込んでは、
増幅していっているようだった。
あの津波そのものが―影。
あのお方の影にこんな能力など、あっただろうか?
目線を戻すと、街の中心部である噴水に腰掛けている男がいた。
長身―細身。着衣は、影と同じ色をしたコートのようなもの。
だが、髪の色は金のそれなく、薄い茶。
髪も長髪ではなく、どちらかといえば警察機構の―金髪の男に近かった。
足元には、幾人かの無骨な男が倒れていた。
手には斧や剣、大剣―などの。殺戮の道具。
彼らはピクリとも動かない。
「 何故 逃げない?」
その男の低い声。声も、話し方も―明らかに違っていた。
「影を操る男がいると聞いて、興味が湧いたものでして…ね」
もともとの動悸とは違うが、結局は同じ。
犠牲者は出ている―が、話し合いで済ませられないものだろうか。
その力無く倒れる『犠牲者』の一人に近寄り、しゃがみ込む。
「…そうか。私は ゼイロン・シャウト…」
地に付いていた顔を横に向け、手をかざす。
「スパニッシュだ。」
―息は、ない。
「…ヴェノムといいます。」
亡骸から手を離し、立ち上がった。
「…何故 殺したのですか?」
「―私に」
男―ゼイロンも 立ち上がり。
「言い掛かりをつけてきたからだ。
影を操る男に自分達の組織は潰されたのだ、と。」
「…それだけのことで…」
「とあるアサシン組織の現首領は、影を操る男だと聞いた。
だが私は首領どころか殺し屋という仕事を生業にはしていない。
…君のようには な。」
「…!」
上空の影の一部が泉のように―逆さに『沸き』、―
固まりを作り、男の頭上に落下した。
見ると、男は何かをぼそぼそと囁いているようだった。
「そしてその首領の男が操る影は、禁呪によってのものらしい―
だが、私の場合は特殊な法力を用いていてね。
君はそのトランクの中のものが『獲物』なのだろう?」
陰の固まりは男の頭に直撃する一寸前で、布のように柔らかくなり―
ふわり、ふわりと。ハラハラと落ちて、男の腕に巻きついた。
「…貴方には関係の無いことだ。
そしてそんな話も、私には何の関係も無い…」
ケースの手提げの部分を、ぐっと握り締める。
男はコートを脱ぎ捨てながら、返した。左肩に、大きな傷。
「つれないな。…手合わせと いこうじゃないか?」
立ち上がる男。―笑っている。
影が意志を持った包帯のようにゆらめきながら纏わり付いている腕をかざし、
掌を―私に向けて。
「死 ぬ ま で な 。」
2002.10.24
そう言った男の目が見開かれた刹那、
男の腕の影が鋭利な刃物状になり、一直線に私に向かってきた。
小手調べのつもりだろう。
予想は出来ていたため、それは軽々とかわすことが出来た。
トランクから素早くキューを取り出し、
タップ(先端)をチョークで塗る。
螺子状である部分を、キュイ、と回す。
「ほう、君の獲物はそのキューか。…面白い!」
新たな影を腕に纏い、手の甲から伸びる刃物を作り出し、ゼイロンは地を強く蹴った。
キィン、と金属が当たりあう音が周囲に響く。
押し合い、擦りあう音が耳障りだ。
丁度取り外しが可能な部分と影とが競り合っていたので、
素早くその部分を片手で回し、取り外す。
勢いで肩を斬りつけられるのを避けて、柄の方で横腹に一撃、入れようとした。
が、足元から突然伸びてきた硬質の影にそれを防がれる。
男が何か叫ぶとその影はそのまま私を包み込もうとしたが、
横に飛び、それを避ける。
細かく命令出来るのは身辺の影のみ、それも一部のようだが―
―闘りにくい相手だ。
「『待ち』だな。向かってこないのか?」
余裕の笑み。嘲笑。…誘っている。
「…よく喋る人だ。」
挑発に乗るのは好きではないが―たまにはいいだろう。
まずは、遊びのつもりで―気を練り、
ビリヤード玉大の球体を数個 作り出す。
そしてキューを大ぶりに、力任せに打ち出した。
法力で作られたそれらは当然、容易く防がれ、大気へと溶け込んだ。
「この程度では『固める』ことにもならんぞ?」
また、嘲り笑うように。
―前方か後方からの攻撃を襲う下のだろう、影を後ろに、身構えて。
―それが狙いだった。
「…そこではない。」
「…ッ!?」
気付き、赤茶の瞳が青の瞳をとらえたときにはもう遅く。
私は彼の頭上でキューを構え、強く突き出し―
右肩を仕留める。
「ぐっ…!」
ゼイロンは苦痛の声を漏らし、よろめいた。
その余裕が撃ち砕けても―容赦はしない。
間髪いれず、地を強く蹴った。
「ダブルヘッドモービット!」
円状にキューを回転させ、相手の身体に強く当てる。
至る所を強打し、男は勢いよく倒れた。
「もう終わりか?」
キューを構え直し、横たわる男に、強く。言葉を投げ掛ける。
「ぐっ…ぅ…」
「この程度の技に騙されるようでは―その男の勘違いも、はなはだしいものだ。」
目下で口惜しそうに肩を抑える、彼が―不敵な笑みを浮かべた。
不利であろうことは目に見えている、この体勢。
そのとき、だ。
「…罠に掛かったのはそっちの方だ!」
「なっ…!?」
次の瞬間にはゼイロンの顔は見えなくなり、眼前は黒一色となった。
「…影が…っ」
一瞬のうちに足元から伸び 頭上まで届いた影に、私は包み込まれたのだ。
全身が増幅した影に圧迫されて―骨が、肉が。
ミシミシと、悲鳴を上げる。
肺に吸い込んだ酸素も、押し出されるようにして。
強制的に、体外へと吐き出される。
影を冷たいとは感じたのは―初めてだった。
温かいと感じたことも、ありはしなかったが。
「…この左肩の傷は、あの男―ザトーにつけられたものだ。」
「…!!」
ゼイロンは、そのまま話を続けた。影の圧力は弱まる。
「つい、この間のことだ。といっても、一年かそこいらは前になるが…
私が、お互いの影の力をかけて…そう言って、けしかけて。闘った。
今の君のように影に包まれて…刺されたのだよ。
そして奴は…いや、あの影は、私に言った。
殺す価値も無い
…、とな。」
…影が。ザトー様ではなく…
―どういうことなのだろうか。影がザトー様の代わりに話したとでもいうのか?
それとも―
2002.12.6
「そろそろお喋りはやめにするか。」
ゼイロンの言葉で、私は現実へと引き戻された。
そして省みると、影は淡く、黒い、どす黒い―どこまでも暗い、光を放っていた。
「影に法力を流し込み―私は、このようなことも出来るのだよ?ヴェノム君。」
男が薄く笑ったかと感じると、暗い光は薄れていき―目の前の影は形状を変えていった。
みるみる内に形成されていくその「人」の像に、私は見紛うようだった。
その「人」の像は、ザトー様そのものだったのだ。
薄い笑みを浮かべて―その笑みは私に向けられていた。
「愛しい、愛しい、ご主人様なのだろう。」
目の前で出来上がったザトー様は、私に手を差し伸べた。
「手をとるがいい。」
目の前のザトー様が浮かべる、優しさを称えて見える優麗な微笑み。
「…踊らされた、犬が。」
次の瞬間、影は私の前から消え去った。
いや、私が消し去ったのだ。
強い光を球体のように帯びた瞳。
それは私の力。
忌まわしくも、あの方に救い上げてもらった理由。
「ぐあぁあっ…!!」
瞳と光に焼かれ、ゼイロンは低く叫び、私の眼下に倒れ込んだ。
影を携えていた右腕は醜く焼け爛れ、周りの闇に溶け込むように、変色している。
「あの方から得た恩を―卑下にする事は―…許されない。」
目下で見苦しく唸り、蠢き、苦しむ彼に私は言い放った。
あの方が私を踊らせていたなどと、考えてはならないのだ。
あの方が私を利用していたなどと、ひとときでも考えてはならないのだ。
あの方の優しさを、微笑みを、一瞬でも疑ってはならないのだ。
ただの一言でそれらのタブーを破ろうとした彼に向けるような慈悲は、全くといっていいほど無い。
私の心中では赤い溶岩、マグマがふつふつと煮え滾るようだった。
「たっ…助けてくれ…」
「今置かれた状況を知って物を言え、小悪党が。
貴様は私の逆鱗に触れた。
許すことはできない。」
「や、やめろ…やめるんだ!やめてくれええぇぇっ!!!」
辺りに広がる、鼻につく刺激臭。
眩い日の光が私を刺す。
焼け焦げた屍から発せられるものと、
嗅ぎ慣れようとも慣れることの出来ぬ、血の香り。
毒々しい赤が目前に、眼前いっぱいに広がる。
それらをこの上無く不快に思い、苛立ちを吐き気を感じた私は
『球』にすることでそれらを封じ込めた。
圧縮されてその場に音を立てて落ち、転がったそれを、私は拾い上げもせず。
私はその場を去った。
焦燥感があった。
忘れたい―逃げ去りたいという感覚が私を駆り立てたのだった。
服に染み付き、髪にへばりついた血糊を私は忌々しく眺めて、拭い去った。
肌についた奴の真っ赤でどす黒い垢を擦り、擦り、擦って、私の血で洗う程に擦り、拭い去った。
少女や日常から離れた静かな泉の前で私は思う。
今 各地で目撃され、情報が回ってくるザトー様は、ザトー様ではないのだろうか。
私の追い求め、捜し求め、待ちつづけるザトー様は
もう いないのだろうか。
―正午だ。
私の影は濃くも短く、私の像を写していた。
泉の水面はゆらゆらとゆらめきながら、私の像を写していた。
ひどく顔色が悪かった。
泉から眼を逸らし、かぶりを振った。
疑ってはいけないのだ。
そう言い聞かせながら。
信じ、捜さねばならないのだ。
そう、思い正しながら。
顔面を両手で覆う。
慣れることはない、血の匂い。
ぜつぼうのあか
真っ暗な闇に浮かぶ 貴方の笑顔。
きぼうのやみ
見失って、しまわぬように
―あの方以外に―
---あとがき---
本当は02年の冬には出来上がっていたこの作品ですが、
なんとアップするのを忘れていたという大失態!
未だに完成していないと思い込んでいました(´Д`;)
自分で言うのもなんですがこのヴェノムは結構お気に入りです。
狂信的というか無垢な子犬のような心というか…
そう言えばスレイヤーさんも「子犬」云々と彼のことを言っていた気もします。
あの方、ザトー=ONEの存在だけが彼にとっての彼の存在理由。
そんな風な考えをまとめ上げたわけなんです―が、
なんだかあまりまとまっていないような…;
やっぱり文がくどいですな、かなり。精進せねば。
取り合えず、俺から見てのヴェノムさんはこんな人なのです。
ついでに。ゼイロンさんとは今回の話のためだけに作った
オリジナルキャラです。
ヴェノムが恩師と仰ぐザトーと同じくした影の技、
人を舐め散らかした口調でヴェノムを翻弄してもらい、
そして死んでもらうためだけに。
小悪党っぷりを感じ取っていただければ光栄です。
03.03.27.
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