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平和の群像




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蜀との交易に因って江南に齎された新種の茶は、呉の上流階級に早く、広く浸透した。
茶馬貿易、即ち西蔵の馬との交換が可能なほど高価であるその茶は雲南産のもので、
「茶者南方之嘉木也(茶は南方のよき木也)」
の言葉に適って、健康の促進にもよく効き、
少々の黴臭さを無視して(むしろそれは飲めば飲むほどに癖になる)、
特に夫人方に持て囃された。


小喬は大都督として出征していた周瑜が取り寄せたその茶を
実姉である大喬が茶碗に注いでいくのを、
ふてくされた風を漂わせながら見ていた。
この庭は彼女の夫である孫策の自邸の中にあるものであり、
日当たりもよいので、彼女はよくここで過ごし、よくここに客を呼び入れた。

「そんな風に頬を膨らませていたって仕方がないでしょう、小喬」

いつまでもそんな様子でいる実妹に、大喬は苦笑した。
二つの茶碗に注ぎ終わった所で、丁度よく侍女が、皿に盛られた点心を持ってきた。
点心の一種・果子(木の実などの果物を切るなどして加工した物)は
陽光に照らされるとそれを小気味よく反射する。

小喬の目線が、ころり、と点心の方へ移った。
彼女はお茶も嫌いではないが、それよりも点心や飲茶の方が好みなのだ。

茶会といえば、本来ならばもっと手の込んだものを料理してご馳走するのだろうが、
大喬は饅頭や饅子よりも、果子の方が好きだった。
後味もすっきりとしているものばかりだし、口の中がさっぱりとする。
こちらの方が手間がかからないという点も勿論あるのだが、
他にくらべて太りにくそうだという印象も助けて、彼女は果子の方を好んだ。
今回は曹操の怨みを買ったこともある温州蜜柑がお茶請けである。

小喬は皮を剥かれて剥き出しになった透き通った橙色から目を逸らすと、

「だって、お姉ちゃん!前の出征から帰って来て一ヶ月も経たない内に
 行っちゃったんだよ、周瑜様ったら!」

机に突っ伏していて痕がついた頬をぱしんと叩いて、憤慨気味に椅子の上に中立ちした。

「呉のために、私達のために、何より小喬のために周瑜様は頑張って下さっているのよ。
 それにそんなに言うくらいだったら、小喬も一緒に出征すればよかったじゃない」

侍女から皿を受け取り、白い机上にそれを置く。
大喬はそうしながら、そういえば何故今回は出征しなかったのか、
とでも言うように小喬の方に顔を向けて、首を傾げた。

小喬は大喬に比べ、戦が好きである。
深く考えず、深く考える間もなく、ただそうするだけで
愛する夫である周瑜のためにも呉のためにもなるので、
小喬は戦場に出ることをいつも望んだ。

が、今回は周瑜が長江を船で駆り建業から出ていくときも、
なんと駄々の一つも捏ねずに、ふてくされながら手を振っていた。

「それは…その、……だって」

途端に語気は萎縮し、小喬は言葉を濁した。
お茶が少し零れるほど机に張らせていた手の平をひくり、と動かすと、
そのまま椅子の上で正座してしまった。

小喬のその珍しい様子に何事か察した大喬は、僅かに眉根を寄せた。
怒りの感情からではなく、心配からだ。

「…どうかしたの、小喬。何か悩み事でもあるの?」

自分も静かに椅子に腰掛けると、暫く目を瞑り、それからこう切り出した。
喬国老という同じ親を持ち、同じ血を身に宿す、片割れである。
大切な、掛け替えのない、妹である。
心配をしないわけがない。

しかし聞かれた小喬は頬を少々赤らめさせるだけで、
肩を縮こまらせたまま、中々何も言おうとしない。

「まさか、病か何かでは…ない、わよね?」

思い付いて、言い出して、初めて思い起こせば、
確かに最近妹の様子がおかしいことに大喬は気付いていた。
舞や歌や武闘の稽古などに自分を誘うこともあまり無くなり、
目立って外に出て行くような様子も見受けない。
要するに活発さが無くなり、元気を失っているのだ。
それを慰めようとこうして気兼ねない二人きりの茶会に誘ったのだ。

病。その可能性を、小喬は否定した。そのままの姿勢で、ふるふるふると首を振る。
原因が、さっぱり分からない。
まさか、片割れである自分にも話せないことなのだろうかと思うと、
大喬は悲しくもなり、自分が不甲斐無くも感じた。

「…じゃあ、どうしてこの頃元気がないの?」

水に浸され湿った蜜柑の果肉の周りの薄い皮膜の上を雫がつるりと伝い落ちた。
実姉があまりに心配そうに聞いてくるので、今にも彼女の方が泣き出してしまいそうなので、
小喬はもじもじとしながらも答えることを決心したように顔をゆっくりと上げる。
大喬は瞬き一つせず、両手で桜色の模様が彩られた白い茶碗を持ち、
妹が何を言おうとしているのかを一心に見守った。


「子供がね、できたの」


蜜柑色の雫がまた一滴、皿に落ちた。
大喬は我が耳を疑って、

「…え?」

「…だから、暴れちゃだめだって、周瑜様が。」

小喬は真っ赤になって、嬉しそうにまたその場に突っ伏す。
信じられない、というような表情をした大喬の髪を、江南の風が揺らした。
茶碗を取り落としそうになるほど呆然として、唖然として、妹を見詰める。

「…初めて、知ったわ」

「当たり前じゃない、お医者さんや周瑜様以外、誰にも話してないもの」

いつの間に、そんな。
まさか、懐妊した、とは。
そのような答えが返ってくるとは、露ほども思っていなかった大喬は、
はしたなく口を開けて驚いたことを少々恥じたことからも、
驚きの感情からも、口元を手で覆った。
大きな目をぱちくりとさせて、自分までつられて、少し、頬を赤くさせて。

けれど数瞬後、彼女は、至極柔らかに微笑んだ。

「そうなの」

おめでとう。
そんな意を含めた笑みを満面に浮かべた姉に、妹も顔を上げた。
それから彼女は、

「うん!」

ありがとう。
そんな感謝の気持ちを込めた嬉しそうな声を出し、
顔は赤らめさせたままだが、にっこりといつもの笑顔を返す。



江南の風は二喬の姉妹の髪を緩やかに揺らせると、
花弁を数枚庭から攫って、長江の方角へと北上していった。















--- おわり ---



















--- あとがき ---

周泰と小喬と大喬でお茶会を
…と思って書いていたらいつの間にか犬がいい周瑜×小喬っぽさを
含んだ小話になりました。
…小喬と大喬の仲良し姉妹を書くことが目的だったので
これはこれでいいとしましょう、相変わらずの駄作ですが。

何も考えずに打ち込んだので時代考証などは激しく無視しております。最悪ですね(笑顔)
蜀が南蛮を宣撫した後の呉で小喬が子供を産むはずがあるか!!などという。

読んで下さった方、ありがとうございました。お疲れ様です。


04.06.26.



















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