僕らはこのまま どこまでいけるのかな









Silence walk









アメリカンへヴィメタルバンド・ketchup 'n' mustardのリードボーカリスト、HOT.Dは
本日も行きつけの喫茶店・『MERRY』の、
ただいま、世の奥様方に地味に人気沸騰中の『幸せの木』の鉢植えの
すぐ手前にある窓際の客席で、朝の珈琲を啜っていた。
この木も大分前からあるのだが、中々背丈が伸びないと彼の友人の連れ合いは言っていた。
雑草(どこから入ってきて、根を張ったのやら)ばかりが大きくなっては刈られていく様を
何度も見かけたのを、彼は思い出す。
今朝は雑草のざの字も見えず、ねじれた雄々しい幹と
頭に生えた四つ房の大きな葉が、じいっとしている。

いつもならば外に見えるオープンカフェ―今は、彼の希望によって一つの窓にだけ、
不自然なシャッターが下りていて見えないが―で、珈琲のついでに好物である
格安のホットケーキも頼んで、優雅なmorning timeといきたいところなのだが、
今日の彼はそうするわけにはいかなかった。
一杯の珈琲は既に飲み干されているが、頼んだのはほんの数分前だ。
普段なら隣か向かいかで語り合っているはずの知人や友人もいない。

―いつものくせでついここに来ちまったけど…早く出ないといけないな。

考え付けば、即実行に移すのが彼の性格である。
入れ忘れたミルクは放って、立ち上がる。
家事でもしているのか、引っ込んだままの、店主である友人に声もかけずに―いつものことだ、
かまわない!―安いブレンド珈琲、それも彼の趣味ではないブラックに対しては高いのではないか、と
ケチなことを考えつつも、勘定を投げ置く。
そして青のジーンズジャケットを調えてから、小さな鐘がついた、重めの扉を押す。


「よぉ」


―…カララン。



「…よお。」

「なに馬鹿みたいに呆けてんだ?」



扉を開けた先、一番に目に入ってきたのは、チリチリの赤毛だった。
いつもどおりの癖ッ毛がすれ違い様HOT.Dの肩に触れると、昔のままのふわふわで。
ということは、いつもより機嫌は善いらしい。
桃色っぽい瞳は、遠くからも尚HOT,Dを見ている。
―いや、勘ぐっている、と言った方が正しいのかもしれない。
パティは怪訝そうにしながらシャッターを開けると、
陽射しの差し込んできたばかりの、冷えたままのソファにぼすりと腰を下ろした。
いらっしゃいませの声は無い。

ああ、次に来る言葉はあの台詞だろうと、HOTは小さく揺れる鐘を見上げた。


「おごれ。」


メニューを手にしてから開口一番、これである。
予想と一文字も違わず自分に告げられた言葉のそれは、HOTにとっても
もう自然なものになってしまっているのだが、今回のことについては溜息が出た。

「そう言うだろーと思って出ようとしてたトコなんだよ…。」

「はぁ?…なんで、そう思ったら出ることになんだよ。」

「おごるのが嫌だからに決まってらぁ。月末なんだ、金欠なんだよ!
―大体お前いっつもかっつもおごらせすぎだ!」

抗議しつつも観念したのか、HOTはパティの向かいのソファにぼすんと座る。
こちらは長いこと陽射しに当たっていたようで、温かい。
それでも気に入らなそうに、星条旗のバンダナのふもと辺り、
眉間に皺を寄せる。苛々足踏み、腕組も加えて。

もっと、急ぐべきだったらしい。

「一週間に四、五回くらいいいじゃんか、別に」

「半数越えてるじゃねーか!」

目の前の相手のその様子をパティは気に留めるでもなく、見慣れたメニューを物色し始めた。

一週間に四、五回、彼と彼女がこんな悪友のような関係になってから、一年くらいは経つ。
すると、おごりの回数は、中々途方も無い数字を弾き出すことになる。
HOT.Dは、その途方もない数字にまたプラスワン加わる様子を眺めながら、
放っていたミルクを拾い上げては、それを手持ち無沙汰に弄んでいた。
その表情は不機嫌そのもののままなのだが、
プラスワンの要因は少しも気にしていないようなので、彼は再び溜息をついた。諦めの象徴だ。





幼い頃に何度か遊んで―十数年くらいをはさんでの再開が、一年前。
パティがHOT,Dのことを『brother』などと呼び慕っていたことを
彼女がはたして覚えているかどうかは不明だが、
初対面の頃、彼は既に十を越えていたのだから、彼は確実に覚えている。
『いつもの場所』になった公園に、『いつもの時間』来て、
幼い彼女を待つことを何週間と続けた彼には、忘れ様が無い。
それだから、街で彼女を見たときは、驚いた。
変わっていない、チリチリの赤毛。
そのときしていた事が街のゴロツキとの喧嘩に立ち回りだったから、
しばらくは確信できなかったが。





(あんなに、大人しい子だったのになあ)

考えていることとは逆に、正直に言うと、
HOT,Dは昔のパティより今のパティの方が好ましいと思っている。
自分の影響を受けたのかと自意識過剰にさせられるのはその性格。
誰の命令だろうと、そう簡単には聞こうとはしない。
Going my way(我が道を行く)即ちわがままで自分勝手な性質。
猫のようにするりと腕の中から抜け出て行ってしまう。
そのクセ、同じように我が侭な彼の言うことは、
意外とすんなりと聞く。彼においても同じで、彼女の言うことは他よりも簡単に聞いてしまう。
それも、そのときでなければ割と好ましいと思える。

他にも、自分の知っている曲を口笛で吹いているときだとか、
自分のベッドで勝手に寝ているときの寝顔だとか、
時折の、物憂げな表情だとか。





「…あ。」

気付くと、手の中にあったミルクカップが、ない。
探してみると―やはりというか、何というか。
それの中身は既にパティが頼んだのだろう、珈琲の中に溶け込んでいた。
残った一滴がテーブルに垂れているのも気にしないで、目の前の彼女は
美味しそうに珈琲を啜っている。いつの間にか、美しい思い出にひたりすぎていたようだ。





――…たった一年で、こうして側にいることが、当たり前になってしまった。
もう会えないだろうと幼心に思いながら、ずっと探してきた日なたくさい幻想は
今 現実となり、目の前に存在している。
だが、その現実はいついなくなってしまうことやら、分かったものではない。
今回は長いこと腰を据えているようだが、前例がある。
たった数日で姿を消しておきながら、俺の心を掴んで話さなかった、桃色の瞳。

永遠に一緒だなんて、ロマンスは無い。

俺たちはこのまま、どこまで行ける?いつまで、どれだけ、一緒にいられる?

―どこまで。







ッカーン



気持ちのいい程の綺麗な音が立って、ステンレス灰皿内側の平面にくぼみが出来上がった。


「…ってェーー!!何すっだこのガキャぁ!!」


「ガキ言うな。…一人で呆けてんなよ、bow?」




さて、HOD.Dはパティの一言でまた呆けることになった。

呆けるというより、目を丸くして、呆然として。
桃の瞳は、"忘れちゃいないだろ?"とでも言いたげに、それを見つめる。







――…忘れるような、道理がねぇさ。そいつは俺の、ガキの頃のニックネームだ。







「ほら、もう行くぞ ほと。」

差し伸べられた手は十数年前のそれよりも、確実に大きくなっていて。

「行くったって、どこ行くんだよ。楽器屋とかか?」

すらりと伸びた腕と足。彼よりも歩幅は狭いけれど。

「サファイアがいそうだから、やだなー…ま、いいや。」

幼さを残す、笑顔。


「歩くの好きだろ?」


「…まあな。」


笑みを交し合いながら、HOT.Dは立ち上がった。


差し伸べられた手には、心地のいい拍手を響かせて。













今 君はここにいて

今 僕はここにいて

今 僕らはここにいるよ


手をつなぐ必要はない

君は僕の尾を掴む

いなくなればすぐに分かるさ


いなくなればさがせばいい

イギリスだってフランスだって北極だって極東の国だって

幼い頃の僕とは違う

どこまでだって見つけに行けるよ










さて このまま


君と一緒に ゆっくりでいいから 死ぬまで一緒に 死んでも一緒に



どこまでも、行こうか。











_______________

あとがき

何日か掛けてコツコツと書いて参りましたルーズリーフ約二枚分、
やっとこさ出来上がったのでアップッス!意外と短かいッス!ショックッス!
…これでやっとPOP'Nの小説も追加されますた;
書きかけのものはまだまだあります。いやーん。

コンセプト「一緒」とか「歩く」とか
と見せかけて本当は始め考えていたものとは
かなり変わってしまっていますこの小説。
元は、ほとさんが急いでる理由が
パティ子に何かしたからなんですよ。
で、バレたら絶対ここにくるだろうからと
急いで珈琲を啜り急いで店を出ようとして。
そこでパティ子と普通に挨拶を交し合うまでは一緒だったのに、
どこをどう間違ったのかシリアス路線になってしまいましたのよさ。
「どこまで行けるかな」は本来、いつになったら恋人だとかいう関係に
煮え切るんだよ!とかいう思いを込めてたんですが
意味合いが変わってしまいましたかね。ギャフン。要精進。



『bow』って確か、犬の鳴き声だったと思うんです。



03.10.06.


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