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法力によって半球体状に日本人保護区域コロニーに張り巡らされた結界。 透き通ったそれと薄らと掛かった霞の向こう側に、久しく会っていない『彼女』を思わせる色を見て取ると、 『彼』と『彼女』はその場で空間歪曲の方術を施行した。 ――――――――――――――――――――――――― さくら ――――――――――――――――――――――――― 政府や警察機構の幹部、または外出していた日本人のように、 通常どおりに関所を潜り抜け、正式な出入り口からジャパニーズコロニーに入った場合。 神社のお社を通り過ぎた所に掛けられた手摺りや柱を朱色に染め上げられた橋と広大な景観が、 まずは目に入ることだろう。相変わらず趣がある。 しかし今日の彼と彼女は、逆側から歩いてきた。神社の向かい側に建てられた門をくぐっていく道だ。 迂回する道を辿ってきたのではない。つい先程、この地に降り立ったばかりだ。 実に数時間の間、ずっと空を漂っていたのだ。 久し振りに感じる独特の空気と踏みしめる地面の上で、 銀髪で、上は白、下は黒の袴を纏った日本人と思しき少女が、目一杯に伸びをした。 「あ〜〜っ…っはあ!先生、今日はコロニーでお泊まりするんですか?」 伸びをした後大きく息を吐き、上半身の各部位の柔軟運動を行いながら、 コロニー内各所に点在する名所の一つである朱塗りの橋の柱に凭れ掛かる。 そこからの眺望は実に見事なもので、遠方の崖にもう一つ掛けられた大きな橋の 柱の役をこなしている巨大な石像の全身図も一望することが出来た。 尤もその像をじっくりと観察する人間は芸術や美術に心を傾ける人間若しくは 彫刻家くらいのものだ。ごくごく少人数である。 そもそも、このコロニー内に入ることが適う人間自体が少ない。 「ええ、そうなりますかね。今日はかなりの距離を移動しましたし、もうじき日も暮れることですし。」 少女の傍らまで歩きながら、長身にも程がある異形の男が答えた。 どこが異形か。全てとも言えた。衣服は濃い目の青緑のYシャツに燕尾服に似た白衣、と その人物が営む職業を思わせるものでそんなにおかしくはないのだが、 顔は砂色の紙袋で隠し、その身長は一般男性の二倍を軽く越えていた。 「やったあ!」 男の答えに、彼の身長の半分も背丈の無い少女は嬉しそうに、はしゃいだ声を上げる。 「この時季だったら、藤さん家の宿で花山椒の入った粕漬が食べれますよ!」 「そういえばもう三ヶ月もご無沙汰していますねえ…丁度良い。 お土産もあることですし、ご挨拶がてら、お訪ねしましょうか。」 現在の日本の季節は春。その息吹の恵みを受けた京野菜が花山椒である。 春季の一ヶ月くらいの間しか咲かない黄色い花が材料となっていて、中々貴重な食材だ。 瓶詰め保存食扱いでない漬物を久し振りに食べられる上にそれが粕漬けだなんて幸せだなあ、と あのぴりりと舌先を痺れさせる何ともいえない味わいを思い出しながら、 少女はわくわくした様子で、『先生』と呼び慕う男を見上げた。 しかし、その体勢のままでふと眉を寄せる。 「はい、先生!…あ、でも。藤さん家、増築したばっかりだし、 お偉いさんがいっぱいきそうだなあ。大丈夫かな…」 「部屋が空いていないのでしたら致し方が無いでしょう?」 自分の隣で不安げにしている少女に紙袋と顔の隙間から苦笑を零しながら諭すが、 それでは納得がいかない、といった風に少女はまた更に眉間に皺を浮かび上がらせる。 彼らがいう藤という苗字を持つ老夫婦とその息子が営んでいる 日本人保護区域東区に建つ宿『藤』は、日本が壊滅する以前から続く老舗だった。 偶然にも生き残り、保護される身となってもその家業を続行するほどの気概がある 彼らの宿は、確かに銀髪の少女が言う通り、世界政府の幹部も警察機構の上官もやって来るほど、 料理も美味く各々の部屋から見られるコロニーの景観も見事だという定評があった。 つい三ヶ月前に彼らが訪れ宿泊した日の翌日から改築と増築、改装工事が行われ、 給仕の女性や板前などの宿の人間も増員されたそうだ。 「では、政府や警察機構の方々に先取りされない内に」 その『お土産』が詰め込まれた濃緑の地に白い線で描かれた唐草模様の風呂敷を 少女に渡しながら、男が腰を上げる。 まだ心配そうにうんうん唸ったり首を捻ったり焦ったりしていた少女も、 包みをその手に押し付けられて我に帰ると、従じるが如く立ち上がった。 「部屋を取りに参りましょうか、魄さん?」 「…はいっ、ファウスト先生!」 互いの名を呼び合い、歩き出す。 楽しげに会話を繰り広げながら、面妖な組み合わせの旅の一行は、橋を渡っていった。 帰 次 |
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