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「…まだかよ、アイツ。」 その夜も、B.BONEは、T.BONEを待っていた。 今日のライブのために、ミーティングをする必要があった。 何と言っても、ただ一週間の後には、三人初のソロライブがあるのだ! 絶えず、勢いに酔っておかなければ、と思ってか、いつもより早めの時間に約束をした。 ライブは十時から始まるが、待ち合わせは七時。 現地でのミーティングが主なので、こういうことは稀だったが、 珍しくTの方から待ち合わせとミーティングを求めてきたので、 折角だから、Bは沢山時間をとっておきたかった。 ――…残念ながら、Qには内緒で。 Bの要望もかなえられ、七時に、ライブハウス最寄りの、役所の前の、時計広場で、落ち合う。 そういうことになったのだが、Tは、待ち合わせの時間が三十分過ぎても、来なかった。 (気の短い俺が、三十分も待ったんだぞ。限界だろ!) Bは苛々を抱えたまま、相変わらずギターショルダーは引き摺って、八時に、ライブハウス入りした。 しかし、その後がまた、おかしかった。 いつもと違う気がしてならないはずで、不安なはずが、 Bの短気な怒りから、それらは掻き消されてしまっていた。 雪で白いはずの視界は、とても暗い。 何も、見えない。 ちらちらと、街頭や、車の光が、目の裏に映った。 Bは冷たさと寒さ以上に、苦しさを感じていた。 やめて、ほしい。思い出したくない。 今頃になってまで、ソレは、自分を苦しめる。 控え室で、一人、ギターを爪弾いていた。 兄のQはリーダーだから他の音楽グループや運営係やスポンサーと、話さなければなrない。 どう盛り上げてみせるか、とか、リ・クリエーションだとか、そんな話に、Bは興味はなかった。 話し合ってどうにかなるものじゃあない。 しかし、暇だ。Tは、まだ来ない。 もう時計の針は、九時四十八分を指し示していた。 (何やってんだよ、アイツ) 待ち合わせにも遅れて、ライブにも遅れるつもりか? 自分達の出番は最後だが、Bも流石に不安を覚え始めた。 爪弾く曲も、代わる代わる、既に五曲目だ。 Tとの時間を多くとったことには、もう一つ理由があった。 “Happy Man”。 あまり作曲をしないBが作った、パンクのような味を酌んだこの曲を、 真っ先にTに聴かせてやりたかった。 Tをイメージして作ったのだ――Tだけに、聴かせてやりたかった。 そうだ。アレは、Tのための曲だった。 というより、Tと自分のための曲だった、とBは思い起こした。 もう、思いが駆け巡るのを、止めることは出来なかった。 雪は降りつづけているが、Bの目には入らなかった。 視界に広がるのは、ただ、海。だだっ広い、果てのない、黒い海。 楽譜も覚えた。どうしても、今日中に聞かせたい、と彼女は思っていた。 気持ちばかりが逸っていた。 思い出したくない。 この曲を弾いている間は、なんとなく、安らげた。 Tのことばかりを考える。苛立ちも消えて、落ち着いた。 思い出したくない。 待ち合わせに、遅れた? そんなことはもう、気にはならなくなった。 弾き続けた。 思い出させるな。 Bメロからサビに入ろうとする辺りで、突然、ドアが開いた。 驚いたBは、演奏をやめた。 思い出させるな… 「大変だ、B.BONE!!」 「…ガット?どうかしたのか?」 思い出させるな―――…!! 「Tが…、Tが―――!!」 その、後のことを、Bは、おぼろげにしか、覚えていなかった。 その後も三人のマネージャーをやってくれているQの友人・ガットが、何か言っていたようだが――… 彼女の耳には、入らなかった。 金髪のポニーテールが、せわしなく、踊る。 Bは、がむしゃらに走った。 肩をぶつけたガットが、何か言っているようだったのは、ずっと後になってから気付いた。 廊下を走り抜ける。Qが居た――怪訝そうな顔持ちで。 何を聞かされたか、話す気にはならなかった。 「オイ、B?」 Bにとっては聞き慣れた兄の声が、遠く、後ろで響いた。 これからが、最低のドラマ・シーンだったはずだ。 ただひたすらに走った。 片時も離れたことのなかったギターは、控え室に置いて来てしまった。 ただ、ただ、ひたすらに、走った。 目的地は、彼女達が、初めて、ライブをした、今や廃屋となっている――あの建物だ。 今夜使われるライブハウスは、それが建て替えられたものなので、距離はあまりない。 風に乗って、粉雪が、顔に、体に、張り付いてきた。 振り払うような暇はない。 寒かった、冷たかった、そんなことを気にするような心の余裕も、彼女には無い。 ――…風に乗って、焦げ臭い匂いが、した。 闇夜の雲のあわいからのぞく月の下、一塊の、大きな、光。 全てを焼き尽くす。 喉を焼き、皮膚を焼く。 焼き尽くされる音、匂い、熱気―― ―――…名を、炎という。 「Tーーーッ!!!」 燃え盛る、思い出のライブハウスのそれを目の当たりにして、Bは絶叫した。 気狂いのように叫びながら、 ちらほらと集まり始めた見物人・野次馬が作った輪に無理やりに道を作り、 走り抜けて、建物の中に入った。 ――熱い!! 普段自分達が気軽に使っている炎が、こんなに熱いだなんて。 Bは口を手で抑えて、崩れ落ちそうになってくる柱や天井などももろともせず、 目的の一室に向かった。 狭い、狭い、ライブハウスとはいえないようなその部屋で、自分達は、初めて、ステージに立ったのだ。 煙に目と喉をやられながら、堅く閉じた二つの扉を、開けば― そこは、火の海。 じりじり、ちりちりと―焼け爛れる音と匂い。 ステージの上には思った通り、「Dram mania」とゴシック体で書かれた、ドラムセットがあった。 バスドラムのフープが、まるで火の輪のように、燃えている。 「…Tッ…!」 間違い無い――Tは、此処にいる。 ガットは、「Tが火事に巻き込まれたかもしれない」、と言った。 B曰く『どんくさい』Tのことだから、きっと、逃げられないでいて、 ここで、うずくまっているんだ。 きっとここで、静かに、確かに、息をしているだずなんだ。 Bは藁にも縋るような思いで、火の海を迷い無く駆け抜けた。 勿論、服に引火した。湿気の少ない粉雪が染みた部分など、すぐ焼け爛れた。 「どこ…だ、よっ…T!どこにいる!!」 Tが初めて使ったドラムセット。溶けていく。Bは、火を振り払う。叫ぶ。 「早く…早くっ、出て来い、よ……っ…?」 Bは、ふと、防火処理の施されたステージ床に、一枚の紙が落ちているのを見つけた。 また、藁にも縋るような思いで、それを引っ掴む。 それは、楽譜だった。 半分以上焼かれてしまっているが、題名の部分には、こう書いてあった。 『“Happy Girl”』。 それに加えて――T。アイツが持ち物にでもなんにでも、必ず記す一文字、 走り書きの『T』。 また、それに加えて―― 『for B.BONE』。 Bは、泣きながら、叫んだ。 アイツも同じ気持ちだったんだ。 アイツも、同じことをするつもりでいたんだ。 俺がアイツにレーゼ・ドラマならぬレーゼ・ミュージックを作ったように、 アイツも俺に、俺のためだけの、曲を作ってくれていたんだ。 身体も、顔も、頭も、髪も、額も、目も、鼻も、耳も、口も、 手のひらも、拳も、足も、膝も、腕も、胸も――胸も。何もかもが熱い。 ――焼け爛れてしまう。 ――焼け爛れてしまえ。 「B!!」 Bにとっては聞き慣れた、兄の声が、聞こえたような気がする。 彼女はもう、どうでもよくなっていた。 全てが、どうでもよくなっていた。 今、ここで――彼女は、Tが片時も手放さなかった、 折れてしまっている、焼け焦げてしまっている重いスティック二本と、 焼け爛れてしまった楽譜とを抱きかかえたまま、 生涯で初めて、死んでしまいたい、と思った。 俺が、もっと、もっと、三十分よりももっと長く、Tを待ってやっていれば、 こんなことにはならなかったかもしれないのに。 背が、尋常じゃないほどに、熱かった。 火が燃え移ったのだろう。 全てが、どうでもよくなっていた。 死んでしまいたい、と思っていた。 けれどその熱さに悶え苦しまずにいることは出来なかった。 それでもスティックと楽譜は、決して離さなかった。 火の、鮮やかな赤とオレンジが、黒になり、白になった。 Bの意識はそこで、途切れた。 |
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