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「じゃ、時計広場…あの、役所前の所な。あそこに午後七時! 道に迷ったりすんなよ。」 「…分かった。」 確かこれが、 時間程前の会話だ。北米の冬の夜は寒い。 Happy & happy!! 冬とは言ったが、まだ十一月も半ばなので、晩秋、と示した方が正しいだろうか。 しかし今夜はまた、一段と冷え込んで――…凍えるような寒さだ。 黒ずんだ枯れ木に残っている枚数わずかな赤い広葉が、『まだ、秋だ』と、主張している。 その存在感は薄く、又、影響力もない。 B.BONEは、冬同然の寒さの中で、震えていた。 広場の中央に立って、誇り高くその存在を誇示する時計の針は、七時三十一分を示している。 事の起こりは、早朝。北米の片隅の、安ホテル。 B.BONEの実兄で、同じくギタリストのQ.BONEに、連絡が入った。 「あァ!?」当日になってドタキャンだぁ?!」 ――ベテランのロック歌手の、マネージャーからのものだった。 Bは兄のQにそれを聞かされ、憤慨した。 昨夜、その歌手は盲腸でカナダの病院に運ばれたのだという。 北米の朝は、ホテル内とはいえ、寒かった。 こちらに住んでいる知人に先に紹介してもらえばよかったと、二人は後悔した。 特にBは、生前から寒さが苦手だった。 彼ら兄妹の親友である一人を加えての三人の中で一人女性であるという点もあるが、 ただ女性の冷え症とするには、重度の寒がりだった。 それは、さておき。 歌手のバックでの演奏のために、この寒い中、北米にまでやって来たのに。 二人は、急に暇になってしまった。 Bは最後までこの仕事を断ろうといって、譲ろうとはしなかったから、 この有様にまた猛り狂うかと思われたが、そこまで酷いものではなかった。 ホテルの絨毯が一枚、彼女の必殺技によってだめになった程度だ。 今 こちらには、彼女とその兄の親友であるドラマー・Mr.T.BONEが、 何十年と放置状態にあった自宅をどうにかするために戻ってきている。 B曰く『どんくさい』Tが自宅管理のため、ということは、Tにも余暇は存分にあるはずだ。 次の仕事は一緒だからスケジュールも聞いておいた。 確か、明日も暇人してる筈だ、アイツは。 そうして考えてみると、何の事はない。急なお休みをもらっただけなのだ。 『ステージの熱気を味わえないのは残念だが』 ――…Bはこの日の予定を考えていると、そんなことも忘れてしまった。 妹の癇癪が起こらなかったので、Qはホッと胸を撫で下ろしたが、胸中、非常に複雑であった。 「…まだかよ、アイツ。」 一人、Bは待ちくたびれていた。時計の針は、七時三十七分を指している。 Qはというと、彼は、こちらに住んでいる知人に、捕まってしまった。 少々大きめのホームパーティを開くが、盛り上がりに欠けそうだから―…とのころで、 頼み始めは『暇だったら来てくれ』と、控えめだったが、 電話の終わり際は、『有無を言わさず』のそれだった。 『Bも絶対に、一緒に!』という話だったらしいが、 一緒に、と言われた彼女には、行くつもりなど、毛の先ほどもなかった。 諾々とした態度をとるつもりも、勿論無い。 Qと知人との会話の間に、馬足の如く、逃げ出した。 ホテルを出て少しの公衆電話で、親友に連絡をとった。 後は適当に街をうろうろして、待ち合わせに間に合うように、 電車にでもタクシーにでも乗ればいい。 これが、午前九時頃のことだった。 Bは、始めは見つけられにくいように、と紙袋は脱いでおいた。 彼女は、自分達を甦らせたMZDに頼んだことがある。 ―紙袋に、バケツ。 これをかぶったら、誰も、生前の自分達だとは分からないような姿にして欲しい― その変てこな願いは叶い、彼女達はその紙袋やバケツをかぶると、 血肉が無くなり、骨だけの身に変わってしまうようになった。 それでも体が動き、音を刻むのは、神の力故だ。 原理などはない。 あまりの寒さのため、彼女はまた、紙袋をかぶり直している。 肉付いた手に合わせた手袋はぶかぶかだが、この姿だと暑さ寒さを感じにくくなるし、 顔も紙袋が覆っているため、冷たくなりにくい。 すぐ近くを、厚木をした、令夫人が通り過ぎていった。 秋爽の気、といった涼しげな顔だが、うきうきとした表情をしていた。 彼女もまた、どこかのホームパーティにでも、お呼ばれしたのだろう。 ワイン瓶が二、三本入っている紙袋を見てしまっては、 フォーマルパーティへのご出席?―…などとは、思えない。 手ぶらで、動かないでいる自分のマフラーが 揺れ動かないこともまた、救いだった。 Bは、回想を続けた。手持ち無沙汰だった。 時計広場はここであると、通行人にもちゃんと聞いた。 場所を間違えてはいないはずだ。 四分間経った。 Qは昔から――八方美人といえばよいのか、それとも――とにかく、 T、B、Qの三人組の中では、人当たりがとてもいい方だった。 それだからよく学生時代は、ホームパーティに呼ばれていた。 Bは、それに付いて行く。それが常だった。 金髪碧眼の兄妹は、いつも宴の盛り上げ役立った。 いつもギターを持ち歩いて、どこでだって弾いてやった。あれは楽しかった。 ふざけて真似し出す奴や一緒に演奏するような奴、異様に気さくな奴もいた。 けれど、不用意にBに近づこうとする男達は、皆 Qに追い払われ、若しくは返り討ちにされた。 小柄で、幼かった――今も小柄だが――Bは、知る由もなかった。いや、ない。 蘇生された今でさえ、それは続いていた。困った兄妹である。 目の前の景色は、思い出の中のろうそくやランプ、シャンデリアなどの華やかな暖色の光とは程遠いものだ。 赤褐色と黄褐色の煉瓦は古めかしい。 春ならばもっと茂っているだろう常緑低木もその煉瓦と同じように、古めかしい色をしていた。 色あせた緑。 時刻は、七時五十五分。 日本の小・中学生が実験で葉緑素を抜いたような、寒い色。 時間っていうのは、こういうときにか限って、流れるのが遅いもんなんだよな、とBは思った。 時間というのは所詮、人間各々の持つ情緒に過ぎない、という言葉も、思い出した。 確か、数学の老教師がのたまっていたことばで、違ったときにも思い出すことがあったことも、思い起こす。 時刻は、七時五十五分、三十秒。 Bは、Tが来たら、きっと真っ先に殴ってやろうと決めた。 ビル風も吹かないが、やはり、とても寒かった。 (セーター越しにだが)正しく、骨に染み入るような寒さだった。 地顔にはなりたくない。 BがホームパーティでのQの事を思い出すと、大概次に思い出されるのは、Tのことだ。 それというのも、彼は、お互いにまだ押さないとき、 彼女ら兄妹がホームパーティをした帰りに出会ったからだ。 場所は公園。その日も、寒い夜だった。 Tは、貧民街――…スラム街の生まれだった。 盛宴の後にBが見たその姿は薄汚れていて、土気色ばかりになったセーターと、 破れた所がたくさんの、ジーンズ。 あまりに、みずぼらしかった。 彼はその頃寸善尺魔――いや、寸善という言葉すら信じそうに無い、 引っ込み思案で、内向的で、無口で――…ほとんど全てのことに対して、冷淡な少年だった。 冷罵されてばかりだった。 ―Bが、蘇生され、二度目の人生を歩み始めた彼にバケツを被るようにさせたのは、そのためだ― その『ほとんど』に当てはまらなかったのは、音楽だった。 音楽といっても、クラシックだの、バラードだのといった、高尚な、完成されたものではない。 単なる音の集まり―…しかし、彼にはそれが楽しかった。 手で叩くと、棒で叩くと、拳を叩きつけると、音がする。 彼には、それがとても楽しかった。 彼がドラマーたる所以かもしれない。 その彼が、その趣味に没頭しているときに、BとQは丁度でくわしたのだ。 Bは何も話し掛けたりしないで、肩に提げて引き摺っていたギターショルダーの中身を取り出して、 Tが物を叩くリズムに合わせて、爪弾いた。 何分もしてからやっと気付いたTから、Bに話しかけようと――…した、のだが。 Bが公園に留まっていると知らずに先へ進んでいた兄が、戻ってきた。 地面から引き剥がすかのようにBを抱え上げると、二人に挨拶も交わさせないまま、去ってしまった。 その夜と翌日、Bは一言もQと口を聞かなかった。 確か――…いや、確認するまでもない。 それからだ、『三人』が始まったのは。 思い出に浸っていて、Bは段々、時間などどうでもいいようになってきた。 純一の空気は冷たく、澄んでいる。Bは、時計柱のへりに腰掛けた。 立っているのもつらい程、寒さを感じていた。 そういえば大分前に、頭上で八度、鐘が鳴った。電子音だった。もう、八時を過ぎていた。 普通に口笛まで吹きながら、前を通り過ぎる獣人がいる。 この寒いさなか、情無しではなかろうか、といつものBならば、思うだろう。 眠たそうな瞳で、その獣人の尾を掴んで歩く、小柄な少女もいた。 半ズボン――また、寒そうな恰好をしている。 自分には到底無理だ、といつものBならば、思うだろう。 「「あ」」 その二人のものと思われる声が、Bの思考を止めた。 何かと思い彼女が顔を上げると、前を通り過ぎた二人がぽかんと口を開けて見ているのは、上空。 Bはもう少し、首を曲げてやった。マフラーのおかげで、中途半端にしか――… ああ。 雪だ。 それはひどくシルキータッチで、それどころか、触れればすぐ、溶けてしまうくらいのものだった。 しかし段々と降雪量は増えて、雪は、粉雪になってきた。 Bは、自分がまるで、小さなスノードームの中にいるような気分になってきた。 見ているだけで、背筋も凍るようだ。 Tを待つ、雪の夜。 以前にもこんなことがあった。 Bはまた、思考の海へ雪崩れ込んだ。 清かな月の光一つ、灯台の光一本さえ、見当たらない。 ランプにろうそく、シャンデリアの暖色の光も、無い。 空と海の境さえ、分からない――…正しく、真っ暗闇の、海。 然もありなん。 以前にも、こんなことがあった。 オプチミズムのBは、忘れていたはずだった。 忘れていたかった。 思い出してしまわないように、封じ込めていた筈だった、怖めず臆せず、 思考力全てを支配してしまう――…実に起こり得た、nightmare。 |
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