++ 懺悔++


猫を拾った一一一。

土砂降りの中、立て掛けられた角材の陰に隠れて震えていたくせに、
立ち止まった男を見るなり唸り声をあげた。

肩からは大量の血を流し、息も絶え絶えだというのに・・・
眼だけはギラギラと光り、銀色の爪を出して威嚇してみせる。

「生意気に・・・死にかけの分際で、やる気か・・・」

フー、フー、と息が荒い。
血の気の失せた顔を見れば、すぐにでも手当てしないと命が危ないのは一目瞭然である。
が、しかし・・・手を出せば奴は死力を振り絞って爪を薙ぐだろう。

男一一一宮部鼎蔵一一一が手を出し倦ねていると、
猫のような鋭気を持った青年が先に言葉を発した。

「敵か・・・み、味方か・・・?」
「・・・お主がどこの誰かも判らぬのに、敵か味方か、俺に判る訳がなかろうが。
 俺は肥後の宮部だが・・・敵でないのなら大人しくせい。」

「肥後・・・みや・・・べ・・・」
青年はむらさき色の唇で呟き、そのまま失神した。
肩に手をかけ、宮部は一瞬迷った。
斬りあいの末の重傷・・・膿んで苦しんだうえに助からぬやもしれない。
それだけではない。死に損ねたと悔やむやもしれないし、蘇生しても五体正常でいられるかも判らないのだ。死なせてやるのが最良ではなかろうか、と。

結局、宮部は青年を羽織りに包み、懇意の旅籠へと運んだ。
女将に言いつけ医者を呼ばせる。
「昏睡が二、三日続くと危のうございます・・・」
老医者が宮部に向かって言ったが、特に気にも止めないといった感じで立ち上がると、
宮部は襖を開き、部屋を出てしまった。

一一一・・・そんな事までは知るか・・・一一一
「行き掛りの縁で捨てておけなかっただけの事。
 ・・・ここで果てるのがそやつの運命であれば、仕方のない事よ。」

そうは言いながらも、数日分の宿代と世話料を女将に残し、宮部は去った一一一。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翌々日一一一。

宮部は再び旅籠を訪れた。心配だったからではない。
研ぎなおした彼の脇差しを一一一生きていればだが一一一返す為である。

旅籠の入り口で、宮部はふと歩みを止めた。
二階の戸を開け放ち、若い男が座って外を眺めているのが見える。
それが先日拾った青年だと気付くのに、ほんの一寸の時間を要した。
随分と雰囲気が違うように思われる。もっとも、死にかけの時と比べるのが間違いだが、
それを除いても・・・だ。

あの時の手負いの猫のような・・・いや、虎としておこうか・・・
鋭い殺気はどこへやら、目もとの涼し気な好青年ではないか。

「大した化け猫よ・・・」
つい口走った宮部に、宿の小者が声をかける。
「ええお日さんどすなぁ、宮部先生。」


「宮部・・・?」
くるりと下を向いた青年は、少々目尻の上がった双眸を宮部に向けた。
宮部の方は、わざと視線を合わせずに「あの男に用がある」と言って、
さっさと旅籠の中へ入っていってしまった。

小者の案内を無用と断り、二階へと上がる。
「御免一一一。」と、低く言って襖を開けると、
青年は部屋の中央にキチンと正座して待っていた。

「持ち直したようだな。」
「その節はお世話をお掛け致しました、宮部先生。」
「まあ・・・なりゆき上・・・な。
 世話をやきついでに、こいつを・・・。」
宮部も青年の正面に正座し、鑞色の鞘に収まった脇差しを置いた。
「これは・・・?」
「お主が握っていたものだ。酷い刃こぼれだったもんで、研ぎに出しておった。
 抜き身で持ち歩くのもなんだろう。鞘は適当に合うのを見繕っといた。」
青年はそれを受け取り、半身抜いてみて刃を確かめ、パチンと鞘に戻す。
「何から何まで・・・御迷惑をかけました。」
「用はそれだけだ。では、これにて・・・」
「お待ちください!!」

膝でにじり寄り、待ったをかけられて、宮部は少しばかり怪訝な顔で振り向いた。
青年は顔をあげ、もう少しだけ時間をくれと頼む。
さほど急ぐ用もない宮部は、仕方なく座りなおした。

「申し遅れました・・・吉田稔麿と申します。」
「長州者だな。上京して志士の真似事でもしてたか?」
「・・・は。天誅を少々。」

稔麿と名乗った青年は、大胆な事を涼やかな表情で言ってのける。
一瞬、聞き流しそうになった宮部は、慌てて顔を見返した。
「天誅か・・・」
「はい。奸物を斬っておりましたが、あの夜はたまたましくじり、
 宮部先生に助けて頂いた次第です。」
「呆れた男だ。そのような事を表で言うな?
 その無鉄砲さ、まるで寅次のようだ・・・・・・」
「以前・・・その・・・寅次郎、つまり吉田松陰先生の塾で・・・
 学問と時勢を学びました・・・」
「なに!?寅の教え子だったのか?」
稔麿は少し端切れの悪い返事をし、俯いた。
しかし、宮部の方はその奇遇な出会いに驚き、がぶり寄った。
「松陰先生はよく、肥後の宮部さんの話をされてました。
 ・・・人格、気性ともに愛せる人だと・・・。」
宮部は懐かし気に目を細めて頷き、それからふと顔を曇らせた。
「あの馬鹿もんの教えで『行動』せねばと天誅してたのか?
 『行動』とは何ぞや?闇雲に走り、人を傷つけるだけの事とは違う。
 よいか、稔麿とやら。成すべき事を成してこそ、男子たる・・・だ。」
「・・・宮部先生・・・お世話ついでと、側に置いて頂けませんか?
 男子たるもの何をすべきか、先生から学びたく存じます。」

そこまで言って、稔麿は再び両手をつき頭を下げた。
困った事になった一一一。
説教くれた手前、何処へでも行けとは言いにくくなってしまい、
やむなく引き受ける事と相成った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「・・・う・・・・」
胸の上に乗せられた太い腕を押し退け、稔麿は半身を起こして水差しを引き寄せた。
稔麿の白い背にかかった髪をぼんやりと見つめながら、宮部が頓狂な事を聞く。
「稔麿・・・お前はどうして抱かれるんだ・・・?」
水を干す音だけが響く。
しばらくの間の後、億劫そうに振り向く稔麿。
「何故って・・・宮部さんが欲しがったから、でしょうが。」
片肘をつきながら煙管に火を入れ、パッと吸う。
「それはそうだが・・・断る事だって出来ただろうに。
 衆道なんて無縁のものだと、俺自信も思ってたんだ。お前だって・・・。」
「別に・・・外側で何をしたって、俺自信の魂は汚れんし。
 それに、宮部さんにはたくさんのものをもらったから、
 俺がやれるものはなんでもくれてやりますよ。」
「俺がお前にあげたものなんざ・・・最初に拾った命くらいのもんだ。」
「・・・・・」
稔麿は答えず、煙管を宮部に渡して再び横になった。

一一一ああ・・・教え子食っちまって・・・
   寅の奴に怒鳴られるだろうな・・・潔癖な男だったしな一一一

最初に手をつけたのは出会ってふた月目。桂小五郎との会談が決裂した日一一一
さすがに初めは抵抗の色をみせたが、その後も煮詰まる度に稔麿の細い体を抱えた。
それまで全くと言っていい程、その手のことは興味がなかった筈。
しかし、多くの志士と接し、煮詰まる度に求めるのは、妓ではなく稔麿であった。
どこか懐かしい匂いを探したかったのかもしれない一一一。

「宮部先生!!大変です!!」
廊下から若い志士の声がした。
目配せして稔麿に着物をつけさせ、宮部は若い志士に何事かと問うた。

「古高俊太郎が壬生浪に捕縛されました。例の件が漏れますと・・・」
「な・・・なに!わかったすぐに行く!!」
飛び起きて身支度をする宮部。稔麿もその一件に関わっているだけに、血の気が引いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
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仕立てたばかりの羽織袴に身を包んだ稔麿を横目に、宮部は眉間の皺の消えぬまま小さく息を吐いた。先日の報告通り、同志である古高俊太郎は壬生浪士に捕らえられ、彼等の計画は風前の灯に晒されていた。
「古高は強靱な男だ。屈する筈がない。」
若い志士の一人が鼻息荒くまくしたてるが、ひと睨みし、宮部が制した。
「汝、拷問を受けた事がある訳でもあるまい。
 ・・・古高にだけ、そのような事を耐えさせ、儂らが何も出来んなどとは
 申し訳がたたぬというもの。」
「その通り・・・」
静かに口を挟んだ稔麿が、少し長めの脇差しを膝の前に立てて言った。
「計画がもれる事はもはや、いたしかたのない事。
 かくなる上は黒谷に切り込み、容保を斬り、
 その足で壬生屯所へ行って古高氏を奪回せし覚悟。」

一一一・・・それでか・・・。
   真新しい浅葱の羽織りなぞきておるのは、こやつ、今宵死ぬ気だな一一一

「まあ、待て。
 今後の事も含めて、桂も話しにくる事になっておる。
 そういう(斬り込み)話になるとしても、我等の志を貫く為に、
 思い付きで動く訳にはいかん。まずは、揃うのを待つのだ。」

桂小五郎が来ても、この血気はやる若者達を押さえるには至らないだろうと、
宮部自身も思っていた。この若者達と死ぬ事に、おそらくはなるであろうから・・・

一一一後の事を、頼むぞ、桂一一一

そう託すつもりであった。
しかし・・・いくら待てども来ぬとあっては、苛立つ志士達を押さえておく事はできない。
酒を振るまい間を持たせ、宮部は幾度となく障子を開けて外をうかがった。
夜でも涼しいとは言いがたい、京の夜風。

この一時後の惨劇を、つゆとも思わせぬ祭りのなごり・・・


人が訪れた気配に、ひとり様子を見に行った。

激しい物音と同時に、襖がビリビリ震える程の声。

一一一壬生浪か!!一一一

勤王浪士側の迂闊であった。同志である古高が捕らえられたのなら、
この会合も知れると、何故思わなかったのだろう・・・
古高を信頼していた、というよりも・・・壬生浪、新撰組を甘く見ていた節はあった。
咄嗟に稔麿と、隣にいた杉山の袖を引き寄せる宮部。

「お主らは何が何でも逃げおおせ、藩邸へ走れ。
 そして桂に・・・桂に伝えてくれ。」
ぐいと突き放し、宮部は背を向け。
「後を頼んだぞ・・・とな」
それだけ言うと、抜きはなった脇差しを構え廊下に飛び出して行った。

「松介・・・今の言伝を、頼んだぞ。俺は、ここで、死ぬわ。」
「栄太郎・・・・・・わかった、必ず味方を連れて戻ってくる!!」
青ざめた顔で窓から飛び下りていく杉山を見送り、稔麿も剣を抜き放った。
宮部が見繕ってくれた鑞色の鞘は投げ捨てず、そのまま抱えて屋根伝いに庭へと走る。


夏の夜風に、むっとするような血の匂いが混じって漂う。
稔麿が飛び下りた庭には数人の浪士が倒れており、
その中央で若い壬生浪が肩で息をしていた。
騒ぎになって間も無いというのに、これだけの人数を片付けたのがこの若者なら、
生半可な覚悟で飛び込む訳にはいかない。
だが、稔麿は何の躊躇もなく脇差しを振り上げた。

「壬生浪!!覚悟せえっ!!」
「・・・新撰組一番隊隊長・・・沖田総司!!」

ガキッと音を立てて剣と剣がぶつかりあった。


その音を、宮部は旅籠の階段下で聞いた。
聞こえたのは確かに稔麿の声・・・逃がすつもりで藩邸へ行けと言ったのにと、
宮部は小さく舌打ちした。
一番隊の隊長と言えば鬼ときこえた剣士ではないか・・・
十余箇所の手傷を受けた自分を棚にあげ、宮部は稔麿の非運を嘆いた。

一一一せめて、楽(介錯)に死なせてやりたいが・・・
   こう囲まれては・・・行ってやることも叶わん・・・すまなんだな・・・稔麿一一一

更に二太刀浴びて片膝を落とす。庭の方からはもうなにも聴こえてはこない。
「宮部鼎蔵!!貴様らの手にはかからぬ!!見ておれぇ!!」
死力を振り絞り脇差しを逆手に持つと、宮部はそのまま血にまみれた腹へと突き立てた。

一一一あの夜、助けなければ・・・このような目に遭わずともよかったものを・・・
   ・・・・・・許せ・・・儂も・・・すぐに行く一一一

新撰組の頭らしき男が目を細めて唸るほど、
宮部をはじめとする勤王浪士達の壮烈な死際であった。


END.


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禁無断転載
給料前でお金がない・・ 給料前でお金がない・・ そろそろ結婚適齢期???
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