++ バレンタインフェスタ〜長州〜++


とある地方都市の郊外に建つ、全寮制の私立学園。
広大な敷地を持つこの学園には、幼等部から高等部までの校舎が建ち並び、エスカレーター方式による一環した教育方針を掲げていた。
健全なる精神を養うためにスポーツ振興にも力を入れており、特待生も多く受け入れていることでも有名な男子校。
そんな美味しいシチュエーションの学園に、われらが長州勢が生活していたら・・・
という、パラレルなおハナシ―――。


寒さも一層厳しくなった今日この頃。授業終了を知らせるチャイムを、高杉晋作は生徒会役員室で聞くともなしに聞いていた。
勿論、まじめに庶務に励んでいたわけではない。単にここで昼寝をしながら授業をさぼっていただけなのだ。

「おい、聞多・・・俺の椅子に勝手に座ってんじゃねぇよッ。」
傍にあった消しゴムを投げつけた先・・・肘置のついたちょっと立派なしつらえの生徒会長の椅子にふんぞり返って座っていた聞多がフフンと鼻で笑う。
「なんだよ、そうイラつかなくたっていいじゃねぇか。
 ま、今日はモテない男にとっちゃぁ一年で最悪の一日だからなぁ。仕方ねぇかぁ(笑)」

聞多の目の前の机には、無造作に開いたカラフルな包み紙と、ハートや熊の形をしたチョコレートが転がっている。
・・・そう、今日は泣く子も黙るバレンタインなのだ。
こんな辺鄙な場所にある男子校でも、毎年律義にこのイベントは開催される。
もちろん女の子なんていないから、渡すのも貰うのも、少年達なのだが。
これも一種のはしかかなにかのようなもので、特に深くは考えず、みんな思い思いに楽しんでいるようだ。

学園で生徒会長を勤める高杉は、人望は・・・・・ない事はない。多分。会長選挙で選出されたくらいなのだから。
だが・・・。その乱暴で気まぐれな性格が災いしてか、どうにもこういうイベントにはさっぱり人気がない。
気にしていない風を装いつつも、まるで戦利品を見せびらかすようにして食べている聞多が、彼にしてみれば気に触って仕方ないのだ。

「聞多〜〜〜〜ァ!!」
そこへ元気よく現れたのは、中等部の伊藤俊輔。聞多とは馬が合うらしく、いつも高等部の方に顔を出して後ろにくっついてまわっている。
その俊輔が、愛しい聞多に抱きつかんばかりの勢いで駆け込んできた。
「授業で作ったんだ〜、今日はバレンタインだからさ。はい、聞多にア・ゲ・ル」
語尾にハートマークを散らせながら、手にした皿を差し出す。
そこに乗った奇妙な物体を見つめながら、聞多は首をひねった。

「はて、俊輔。こりゃ何だ?」
「卵焼き作ったんだよ、でも今日はバレンタインだからチョコを中に入れてみた。
 名付けて、俊輔特製ラブラブばれんたいんエッグ!!」

言われてみれば、確かに卵焼き・・・のようにも見える。
大分、いや相当苦労して作ったらしいコイツは、あちこちボロボロと崩れていて、食べやすいようにと切ったところから、七色のチョコレートが溶けて流れ出している。
もちろん色は絵の具を混ぜたような状態で・・・焦げが少ないのが僅かに救いのようだ。

困った奴だという笑い顔で、湯気のたつ卵焼きを口に放り込む聞多。
「おう、見た目は悪いけどうまいぞ。」
ふたつめに手を延ばす聞多を幸せそうにニコニコ笑いながら見ている俊輔の指には、いくつも絆創膏が貼られていた。慣れない作業で火傷でもしたのだろう。

「あ、高杉さんもおひとつどうです?」
邪気のない笑顔がこちらを向いたが、どうにもその怪我を見てしまっては冷やかしにひとつ・・・という訳にはいかなくなった。
あの器用な俊輔が、聞多のためにそれだけ一生懸命作ったものなのだ。

「・・・・・・・・いや、俺はいいや。」
「見た目は悪いですけど・・・あ、味も悪いかも(笑)」
歯切れの悪い高杉に、おどけてみせる俊輔。
「いんだよ、俊輔。今日はそいつは拗ねちゃんなんだとさ。」
聞多の言葉にカチンときたところで、廊下を走ってくるすさまじい足音が聞こえてきた。

と、思った途端に血相を変えた久坂と入江が駆け込んで、その勢いで部屋の扉を閉じて鍵を締めた。
肩で息をしているのを見ると、ふたりはここまで全力疾走してきたようだ。
「よー、色男。なんだ、ファンに追いかけられて逃げてきたのか?」
へらへらと笑う聞多に恨めし気な視線を投げて、久坂は副会長の自分の席にかばんを置いた。
いつもはスマートなかばんが、無理やり詰め込んだ山盛りチョコレートのおかげでパンパンに膨らんでいる。
無言のまま制服のポケットに手を突っ込んだ久坂は、まるで手品師のようにそこからもチョコレートを出してきた。
「・・・久坂、ちゃんと送り主のチェックをしておけよ。
 開ける前にやっておかないと、お返しの時に困るからな。」
優しく背中をポンと叩く入江に急かされて、久坂はしぶしぶリストを作り始める。
「これができる頃には押し掛けてきた連中も諦めて帰ってるよなぁ。
 はぁ・・・それにしても、すごい量だ・・・手伝ってくれるよな、入江・・・?」
「久坂さんは下級生にも上級生にもモテるから。
 気をつけないと、下校途中で他校の生徒からも追いかけられるんじゃないですか?
 早く決めた相手を作ればいーんですよ。そしたら皆も諦めるでしょうに。」
「そんな事簡単に言うけどな・・・そんな簡単なもんじゃないんだぞ。」
何やらつつきあって聞多とイチャイチャしている俊輔を睨んで口ごもる久坂。
これだけもてる彼の恋路にも、難関はあるらしい。

どうにも面白くなくなった高杉は、立ち上がってソファーテーブルを蹴飛ばした。
「あ・・・高杉さん、今外に出たら・・・」
行動を察した俊輔が制止する暇もなく乱暴に扉を開けた高杉は、案の定、外で待っていた久坂のファンにもみくちゃにされた。苛々倍増である。
だが赤の他人に八つ当たりするほど大人げなくもない彼が選んだ行き先は、山県狂介の教室だった。
まだ学校に残っているかどうかは怪しかったが、奴もこの晴れの日に何の収穫もない男である事は間違いない。

・・・と、根拠のない確信を抱いていた高杉がガラリと開けた戸の向こうで。
他に誰もいない教室でふたりきりで何か話していたらしい山県と赤根が、突然入ってきた高杉をギョッとした顔で振り返った。
それは、あきらかに突然訪れた邪魔者に対する視線で、心なしか頬を染めて俯く赤根の手にはシックなラッピングに包まれた小さな箱が握られている。
・・・これは、間違いなく、告白の真っ最中だったのだ。

まるでボーリングの玉を顔面で受けたような衝撃に眩暈を感じながら、高杉はよろよろと廊下に逃げ出した。
仲間だと思っていた山県が、狼狽しながら言い訳してくる姿は見たくない。

「どうした、高杉?」
よろめく足でふらふらと歩き出した高杉に、ひょっこり実験室から顔をだした若手教師の桂が声をかけた。
「今、コーヒー煎れてるんだが、寄っていくか?」

爽やかに笑う好青年に、高杉は内心しめたと手を打った。
桂とは、教師と生徒・・・にしてはかなり仲良くしている。彼からの好意を強く感じるし、それが自惚れだけではないと信じていた。

「まーた安いインスタント飲んでんだろう。
 しょうがないから、ちょっとだけつきあってやるよ・・・(笑)」
「ばか、ちゃんと豆から挽いたんだよ。」

桂がチョコレートをくれるかもしれない。そんな期待にときめく下心を隠しつつ、高杉は実験室の椅子に腰を下ろしていた。
アルコールランプにセットされた三角フラスコでコポコポと音をたてるコーヒー。
どこの学校でもよくある風景だ。
窓から差し込む夕日は、グラウンドを茜色に染めあげて、いかにもな青春の1ページを演出している。

「なぁ、高杉・・・今日、なんの日だか、知ってるよな?」
コーヒーを注ぎわけながら、意味深にほほえむ教師、桂。
当確90%のこの手ごたえに、高杉は躍り上がらんばかりに喜んだ。
心の中の彼は、ワールドカップの決勝戦で決勝点を決めた選手のようにパフォーマンスに狂っている。
だが、次の言葉が高杉を奈落の底へと突き落とした。

「高杉、俺にくれるものがあるんじゃぁないか?」

―――俺が受けなのか?!

まるで決勝点を決めたと思ってたのに、オフサイドを宣告されたような
巨大な衝撃と脱力感・・・。

ああ、そういえば、今朝がたテレビの星占いで言ってたっけ・・・


――今日の運勢は最悪です。バレンタインに期待しているアナタ、
  無謀な事は望まずに、早く家に帰って趣味に没頭しましょうね。
  思わぬ人と、思わぬ関係になってしまう可能性も・・・



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