++ バレンタインフェスタ〜榎松〜++
「やぁ釜さん、今帰ったぜい・・・って、
なにをまたそんなに盛大にしょぼくれてんだい?
まさか酒をやめろって言ったのがそんなに堪えた訳じゃぁあるまいに。」
肌を刺すような寒気を纏って現れた松平太郎が、あきれたように肩を竦めて笑う。
外から戻ってきたばかりなのか、手に持った外套にはちらちらと白いものが残っていた。
言われた方の榎本は、猫のように背中を丸めて火鉢にあたりながら恨めしそうにこちらを見上げてこれみよがしに溜息をつく。
「だってね、太郎さん・・・
そりゃぁ酒をあんまりやらないアンタにゃ、この辛さはわからんと思うよ。」
「まぁまぁ、そんな事言わずに少し頑張ってみなよ。
・・・それよりいい土産があるんだ。見てみなよ、釜さん。」
ポンポンと丸めた背中を叩いて、にこにこと上機嫌で隣に座り込む松平。
ごそごそと懐を探って広げた掌には、小さな銀色の包みが1つ。
「・・・?そりゃぁ、『ちょこれいと』だろう?」
さすがに留学経験のある榎本は、異国の菓子くらいでは驚かない。
「あ、さては太郎さん。どっかの商人から賄賂に貰ったんだろう。
まったく食い意地が張ってるから、菓子なんぞくれるんだよ。
ああぁぁ・・・あたしは菓子なんかより甘露の方がよっぽど嬉しいねぇ。」
反撃してきた榎本の背中をこつんと小突いて、松平はフフンと笑う。
「欧州には、『ばれんたいん』ってぇ行事があるんだって?
さっきブリュネに教えてもらってね。ちょっくら町まで買いにでかけてたって訳よ。
婦女子が、好いた男にコイツを贈るんだろう?」
「え・・・てぇ事は、なにかい?そのちょこれいとは、あたしの・・・」
「俺ぁ婦女子じゃないけどね。禁酒してて可哀想な釜さんのためにと思ったんだけど
まぁ甘露の方がいい、まで言われっちまったら仕方ないな。」
汗を流しながら気まずそうな愛想笑いを浮かべる榎本に極上の笑みを返すと、松平は素早く包み紙を解いてポイとばかりに自分の口の中へと放り込んだ。
「あ、あぁ・・・・・」
がっくりとおおげさに肩を落としてみせる榎本。
「そんなにしょげるこたぁないだろう。
考えてみりゃぁ、釜さんは甘いもの得意じゃなかったもんなぁ。
俺が心得違いだったよ、済まんかった。
ちょこれいとじゃなくて、こっちで我慢しといてくれ。」
苦笑しながら松平はそっと唇を寄せる。
柔らかな感触の口唇を押し開くと、ほんのり苦くて甘いちょこれいと味の舌が迎えてくれた。
・・・少し大人のバレンタインチョコ。
絡めた指から冷気はすっかり消え去り、おだやかな微熱が伝わっていく。
厳しい蝦夷の寒さも、今、このふたりには届かない。
願わくば、ちいさな幸せと束間の平穏が、もう少しだけ・・・続きますように。
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注)バレンタインにチョコレートを贈る風習は、日本の菓子メーカーが作ったものだそうです。文中の表現は事実と異なりますが、パラレルっつーことでお許し下さい(汗)
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