++ 早春++


冬将軍の訪れを迎え、厳しい寒さに抱かれた蝦夷の地。一息ついているところなのか、西軍の追撃は、気配を見せない。
何度も嘆願書を送り、函館政府の体制を整え、榎本武揚はじめとする幕臣の生き残り達は雑務に追われていた。

年の瀬だというのに、新年を迎える準備は一向に整う様子がない。
忙しさに忘れられている訳ではなく、これからどれだけの長期戦が待っているかわかぬ状態で、祝い事を行えるだけの余裕がないのだ。

―――餅や酒を買う金があるのならば、不足しがちな毛布や薪を蓄えたい。
総裁となった榎本の意向により、つつましやかに行われた函館政府が迎える初めての正月。
幸先のよくない苦しい出発ではあるが、それでも、彼らの志から希望の光が消えることはない。

ゆるゆると時は流れ、暦はゆっくりと確実に、春へむかっていた。

・・・久しぶりに散歩でもしないかと誘ったのは、どちらだったろうか。
五稜郭内には、真っ白に積もった雪の道を連れ立って歩く、榎本武揚と松平太郎の両名の姿があった。
歩くたびに、さくさくと、足の下で雪が軽い音をたる。
穏やかに降り注ぐ陽射しは江戸の頃と変わらないまま、この銀白の世界を包んでいた。

「ああ、いい天気だねぇ太郎さん。」
気持ちよさそうに伸びをする榎本にならって、松平もおおきなあくびをした。
「あ〜〜〜〜、本当に気持ちいいや。
 こんなに天気がいいと、面倒な心配事はみんな忘れて、眠くなっちまうなァ・・・」
「こういう・・・生活は厳しいだろうけれど、こんなふうに暮らせる
 平和な国を造りたいもんだなぁ・・・。」
「・・・・・・・。」

返す言葉に詰まり、続ける言葉もみつからず、黙り込むふたり。
さくさくと、雪を踏む音だけが耳にひびく。

しばらく続いた穏やかな日々。それは、いずれ必ず訪れるだろう新政府軍との戦いの影と、万が一に朝廷が函館政府の樹立を認めてくれるかもしれない淡い期待の双方を膨らませ、彼らの口に出せない秘かな不安を一層あおり立てる結果になってしまっていたのだ。
それは、総裁、副総裁という重責を担う立場にいるこのふたりとて同じことで・・・むしろ厳しい現実を目の当たりにしなければならないからこそ、余計に未来が重く暗く見えてしまうのかもしれない。

見知らぬ鳥が、高い声でさえずりながら頭上を飛んでいく。
仰ぎ見てそれを見送った榎本は、大げさに肩を竦めてみせ、眉をさげたまま笑った。
「ま、心配しても仕方ない。
 おれたちはできる時にできることを、やっておくしかないものな。」
「・・・釜さん・・・・」
そんな暢気なことを・・・と思うが、それでもやはりこの能天気な男は函館政府に必要なのだ。この明るさが、ともすれば沈みがちな皆の気持ちに光を差してくれることもあるのだから。
「まったく、あんたって人は・・・」
苦笑を浮かべた松平は、ふと足下に何かを見つけてしゃがみこんだ。

冷たい純白の雪の中にひっそりと顔をのぞかせていたのは、一輪の小さな花だった。
まるで雲間から顔をだした太陽のごとく、積もった雪を割るようにして、凛と咲く黄金色の花。

「ああ、こりゃぁ縁起のいいものを見つけたぞ。見てみろよ、釜さん。」
「なんだい?・・・ええと、確かじいさまの盆栽にこんな花があったような・・・」
「まったく、興味がない事にはとんとモノ淡泊な奴だなぁ。」

笑いながら松平がウンチクを語る。
「こいつぁ福寿草って言って、正月にはなくちゃならねぇ縁起物さ。
 祝膳なんぞふるまう余裕はないが、こいつを囲んで酒を交わすくらいは
 バチも当たらねぇんじゃねぇかな。
 ・・・少しくらい正月らしいほうが、皆も喜ぶだろう?」
「ふ〜ん・・・・・・。」
腕組みして感心する榎本を放って、松平はそっと花のまわりの雪をかきわけた。
冷えきった地面に、花はしっかりと根をはっている。

「なぁ、太郎さん・・・。」
土と雪をかきわけ四苦八苦しながら掘り起こそうとする松平の様子を眺めていた榎本がふと呟いた。彼にしては珍しく神妙な、気弱な声。

「この戦いが終わったあと・・・それはおれ達の中の若い者かもしれないし、
 もしかしたら子供達かもしれないけれど・・・
 それが、雪の中で咲いてたこの花みたいにひっそりとでいいからさ、
 蝦夷の地の、希望として残ってくれたら・・・
 どんな厳しさに負けない強さを持って、こうやって小さな天道様みたいに輝いて
 ・・・できることなら、祝福される存在であってくれたらいいな。」
「・・・大丈夫さ、釜さん。」

微笑みながら、松平は立ち上がる。大切そうに合わせた両の掌には小さな福寿草がのっていた。

「俺達は、この蝦夷の地まで死にに来た訳じゃぁない、生きる道を探しに来たんだ。
 函館政府の舵取りをする俺達が、決してそれを忘れないで、しっかりと先を
 見据えていれば間違ったりしない。大丈夫だよ。
 俺達にそれができなくても、きっと意志を受け継いでくれる奴はいるから。
 だから、しっかりと種を蒔いていこう。」
松平の強い言葉に、榎本は思わず泣きそうな顔で笑った。

「ああ、そうだよなぁ・・・その通りだよ、太郎さん。
 あんまりのどかなものだから、ガラにもなく弱気になっちまった。」

ぐいと羅紗の袖口で目元をぬぐうと、榎本は声を張り上げる。

「よし、じゃぁ早いとこそいつを皆に見せてやろう。
 酒をどこから調達したものかなぁ・・・」
「釜さんの部屋に秘蔵の『ウイスケ』があるだろ?あいつを出しなよ。」
「えッ?!そいつぁ・・・駄目だよ・・・駄目、駄目。
 あんなザルみたいな奴等に飲ませたらすぐに空になっちまう・・・」
「何言ってんだい、めでてぇ席なんだからケチケチするんじゃないよ。」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」

―――まだ寒い早春の、うららかな陽射しが降り注ぐ穏やかな午後の出来事だった。



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