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山の天気はかわりやすい・・・。 その言葉を実践するかのように、雨は突然降りだした。 「あそこに山小屋がある。加納君、あそこで雨宿りすることにしよう。」 霧のようにむせる春の雨はそれほど冷たくはない。特に難儀した様子もなく、 伊東甲子太郎は同伴した加納惚三郎の肩を抱いて行く手に見える小さな小屋を指差した。 きこりや炭焼きが夏の間に使う小屋なのだろうか・・・あたりに人の気配はなく、不用心にも戸はすんなりと開いた。 「突然の雨に難儀しています。誰かおりませんか・・・誰か・・・?」 一応、惚三郎が大声で断りをいれるが、応えるものはなにもない。 「・・・あとで主人が現れたら私から詫びよう。 そのままいては君が風邪をひいてしまう。そんな事になっては近藤さんに顔向けが できなくなってしまうからね。とりあえず中に入りなさい。」 見れば惚三郎は頭の先からつま先までしっとりと濡れそぼっている。 小さく頭を下げると、惚三郎は先に小屋へ足を踏み入れた。 小さな一間だけの山小屋・・・部屋の中央にはすすけた囲炉裏があり、 土間にはいくつかの壷と僅かな薪が並んでいる。 「少しかびくさいが・・・我慢してくれ。窓を開ければ少しはいいだろう・・・ 君は囲炉裏を頼む。火がおきたら服を脱いで乾かすといい。」 惚三郎の長い前髪からしたたる雫をぬぐってやりながら、伊東は静かに微笑する。 親し気な仕草が嬉しかったのか、照れたように俯いて惚三郎は小走りに薪をとりに土間へおりた。 その手を、不意に伊東が掴み・・・驚くほどの強さで引き寄せる。 気がつくと、体勢を崩した惚三郎の目の前に穏やかな伊東の微笑が迫っていた。 ・・・頬が鮮やかな桜色に染まる。 「・・・美しい顔だ。近藤さんが御執心なのも無理はない。 いいかい?これから起こる事は、誰にも言ってはいけないよ。 散歩の途中で美しい桜をみつけ、眺めていたら雨に降られて足留めをくった・・・ とでも報告することにしよう。・・・わかったね、加納君。」 強い口調で参謀に言われてしまっては、平隊士の惚三郎はどう抵抗することもできない。 抱きすくめられたまま、唇をかみしめ体を堅くする惚三郎・・・ 伊東は何のためらいもなく、帯を解いた。 雨に打たれて冷えた白い肌があらわれる。肩や胸にまではりついた濡れた髪の漆黒が、艶やかな肌の白さを際立たせている。 あられもない姿勢をとらされ余すことなく身体を弄ぶ伊東の手の内で、惚三郎は震えながら桜色に染まっていった・・・。 「伊東さん・・・今日は通り雨にやられたとかで、難儀でしたなぁ。」 にこにこと笑いながら銚子を持った近藤が、伊東の私室に現れたのは月が高くのぼった頃のことだった。 「ここからなら庭の桜がよく見えると思いましてね、どうです一献?」 「ああ、有り難いですな。どうぞ・・・奥へ。」 開け放った障子の向こうに、7分ほどに咲きそろった桜の木が見える。 「ああ、やはり思った通りいい眺めですな。 桜はいい。・・・つい足を止めてしまう気持ちはようくわかります。 雨に打たれたのが悪かったのか、加納君は具合が悪そうだったので休ませました。 伊東さんの加減はいかがです? 美しいものに心惹かれるはわかりますが、体には注意していただかないと。」 どっかりとあぐらをかいて満足そうに笑う近藤に酒をさしつつ、伊東は静かに笑った。 「そうですか・・・加納君には悪いことをしてしまったな。 けれど、今日見た桜は本当に美しかった・・・。 けなげに花開こうとする姿も、しどけなく春雨に濡れそぼる様も、 はかなく手折られる風情も・・・素晴らしいの一言に尽きます。 近藤さんもいつか機会があれば御覧になるといい。」 風がいたずらに、桜の花弁を一枚盃に落としていく。 桜色に染まりながら乱れた少年を想いながら、伊東はそれを飲み干した。 (おわり) |
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