++ それぞれの夜(斎藤一の場合)++
「沖田くん・・・。」
闇の中、足音を忍ばせて砂利敷きの庭を歩いてゆく。
行く手に意外な人物の姿を認め、斉藤一は低く呼び掛けた。
「やぁ、斉藤さん・・・。こんなところで会うなんて、奇遇だなぁ。」
のんきな様子で破顔する沖田の隣に、斉藤はよいしょとばかりに腰を下ろした。
沸き起こる頭痛をこめかみの奥に押し戻しつつ、一応礼儀通りに言ってみる。
「今日はあんたも休んだ方がいい。・・・介錯で、くたびれているだろう?
ここはわたしが番をするから、部屋に戻りたまえ。」
「いやですよ。だって、あの人が心配で布団に入ったって眠れやしませんもの。」
笑ってかぶりを振る沖田に、斉藤は苦笑するしか術がない。
どうせ、おとなしく部屋に戻るとは思っていなかった。
首を捻って部屋の主である、副長の様子を伺う。障子越しに聞こえてくる物音はない。
山南への厳しい処置に納得できない者たちからの闇討ちを懸念していたのだが、どうやらそれも取り越し苦労で終わりそうだ。
「起きていたいなら、少しつきあおう。独りでいると滅入るだろう?」
これならば、無理に沖田を追い返すこともないだろうと、小さく笑う。
しん、と静まり返った宵闇の中・・・、驚くほどに透き通った声で沖田は呟いた。
物の怪にとりつかれたような、まるで月の光が降り注ぐような・・・そんな口調に斉藤は息を飲む。
「・・・滅入る? 何故?」
「・・・何故って・・・・・・」
驚いた斉藤は、言葉を失ってしげしげと沖田の顔を眺めた。
屈託のない表情で小首を傾げる、あどけない幼さの残る若者・・・。
白く浮かび上がった沖田の顔から視線をそらせず、斉藤は思う。
日中に行われた、山南総長への処分は厳しすぎるものがあった。
もちろん道理のうえでは、規律に触れたものは皆断罪せねばならない筈なのだが・・・
山南の助命のために奔走した者は、かなりの数になったと聞く。
それでも決断を下した幹部の頑固は、評価に価するものかもしれない。
だが・・・。
何かが違う。こんな筈ではなかった―――。
心のどこかに生じた違和感に、眠れぬ夜を過ごしているのは彼等だけではないはずだ。
立場を問わずに振り下ろされる厳しい法度。
鉄の規律で締め上げられた集団は、きっと恐ろしいほどに効率よく働くだろう。
・・・人斬りという、血生臭い仕事を。
そして、勢いのついた滑車が坂を滑り落ちていくように、新撰組という組織は、個人の感情や事情などを踏みつぶして止まることもできずに走っていくのだろう。
その先に待っているものが一体何なのか。
この先、どれだけのものを踏みつぶし、犠牲にしていくのだろうか。
それを凝視し続けられる者など・・・果たしているのだろうか。
今はまだ戸惑いでしかないその不安が導いてきた違和感。
それは、いつか必ず・・・不信へと繋がる。
だけど・・・、と思う。
―――この男には、そんな感傷じみた心がないのだろうか。
自分が人よりも情け深いとは思った事もなかったけれど。
目の前の若者には、表情にも声にも・・・どこにも迷いがない。
考えが足りぬのか、あるいは道を示す人間にそれだけの信頼をおいているのか・・・
いずれにしても真っ当な人間の考えではない。
知らぬうちに眉を寄せていた斉藤に気付いたのか、沖田は柔らかな笑みを浮かべて小首を傾げる。
「・・・やだなぁ、怖い顔して。
山南さんは・・・こんな事になってしまったのはとても不幸だったけど、
でも、あの人はあの人なりに、自分の信じる道を選んだんだと思うんです。
あれで土方さんに負けない位、信念には頑固な人だったから・・・
間違ってると思うところにいるよりは、よかったんじゃないかな。
・・・滅入っているなら、きっと土方さんの方ですよ。
逃げて欲しかった、って・・・実は一番嘆いているんじゃないかなぁ。
喧嘩して怒鳴り合って・・・、でもいつも後になって困るのは
意地張って折れることのできない土方さんの方だったもの・・・。」
ふいと頭上に広がる漆黒の闇をみあげ、沖田は言葉を飲み込んだ。
どんな言葉が紡がれるはずだったのか・・・それは斉藤には想像することもできない。
ただ、菩薩のような慈愛に満ちた笑みを浮かべるこの不思議な若者の横顔を見つめるだけだった。
「・・・私の手が汚れて、それで済むのならいくらでも・・・。
でも、それでも・・・貴方を斬るような事は、ないといいな。」
菩薩と修羅・・・両の表情を持つ夜叉のように、若者は笑う。
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