++夏の夜の夢++
のったりとした空気が身体にまとわりつくような、京の都特有の夏の夜。
うんざりするような夜気ではあったが、それでも、綺麗に晴れ渡った夜空にぽっかりと浮かぶ白い満月がどうにか鬱々とした気分を晴らしてくれるようだった。
目の前を鼻歌まじりに歩いていく若者一一一。
背の高いその後ろ姿を眺めながら、土方歳三は、大きなため息をひとつついた。
そんな相方の様子を気にする気配もなく、若者一一一沖田は道ばたの茂みに手を突っ込んでぽきりと小枝を折る。
歌に調子を合わせながら枝を振り回す様はまるで子供のようで、攘夷派の志士達に蛇蝎のように嫌われる新撰組隊士だとはとても思えない。
どこからか迷ってきたのか、小さな灯りがゆらゆらと飛んできて、小枝に止まった。
慌てて足を止めた、そうっと灯りを両の手で包み込んで振り返る沖田。
ぽとりと小枝が地に落ちる一一一。
「土方さん・・・見て見て。」
一一一興奮した小さな声。声を荒げたら、その蛍がどこかへ逃げていってしまうとでも思っているのだろうか。
宝物を披露するような得意げな顔で、覗き込んだ鼻の先に手を広げてみせる。
つつ・・・と指先まで歩いていった蛍は、灯りをまたたかせながら羽を広げて飛んでいった。
「・・・ほら、仲間のところへお行き・・・・・・」
そんな言葉とうらはらに、ひどく寂しそうな顔で沖田は蛍の行方を見送っている。
その光景はまるで、穏やかな日常一一一そして、ただの平凡な若者だった。
「なぁ、総司・・・」
思うことは山のように積み上がっているのに、言葉が喉にひっかかって出てこない。
だが、今日こそは・・・言わなくては。
「近藤さんとも相談したんだがよ・・・」
不思議そうに見返す沖田の瞳を見ないよう、土方は夜空を見上げて言葉を紡ぐ。
「おめぇは・・・、江戸へ帰れ。
あっちにはおつねさんもいる。おめぇの身の回りの世話位してくれるだろうし、
近藤さんは、おめぇに試衛館を継がせてもいいって言ってる。
そこでゆっくり養生して・・・そんで、好きな女と所帯でも持って・・・
普通の暮らしをしたらいい。それなら胸の病だって治るかもしれねぇ。
こんな・・・血なまぐさい生き方じゃなくて、もっと普通の・・・」
「土方さん。」
落ちた小枝を拾いながら土方を制する声は、いつもと変わらずに穏やかだったけれど。
「おめぇが嫌がるだろうって、それくらいわかってるさ。
でもな、俺達だってなにも意地悪で言ってる訳じゃねぇんだ。
弟同然のおまえにゃ幸せになって欲しいって・・・」
「またそうやって邪魔者を追い出そうとして。」
面白がって笑ってはいるが、それ以上何も言わせない強い意志を秘めた声。
「邪険にしたってついていきますからね。ふたりとも、いい加減に諦めてくれないかなぁ。
・・・ひとりでいたって・・・そんなの、しかたないでしょう?」
珍しく眉を寄せて情けない顔をしてみせる沖田に、土方が勝てる筈もない。
腹いせにひときわ大きな溜息をついて、土方は蛍が消えていった闇のむこうへ視線をやった。
話が終わったとみたのか嘘泣きをやめた沖田は、再び小枝を振り回して歌の続きをくちずさむ。
一一一死の病にとりつかれているだなんて信じられない、穏やかな情景。
こいつが最期の息をひきとる時、自分は傍らにいられるのだろうか。
永遠の別れが来るその時まで、この穏やかな笑顔を守ることができるのだろうか。
・・・俺は・・・おまえの望むように、おまえをちゃんと愛せてるか?
おまえの望む幸せが・・・ちゃんとここにはあるのか?
蒸し暑い京の夜・・・言葉に出せない、せつなく強い想いだけが流れてゆく。
抱きしめるだけじゃ伝えられない、どれだけ触れあっても物足りない・・・そんな想い。
それは、まるで儚い夢のように 強く掴んだら霞のように消えてしまいそうで・・・
一一一言葉もないまま、ふたりの姿はゆっくりと闇の中へと消えていった。
終。
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