++ 陽だまりで...++



近ごろ京の都に知らぬ人などいなくなった壬生の狼、新撰組。
その評判は決して良いものには限らなかったが、押し掛けてくる入隊希望者は後を絶たず、局長と副長はその対応に追われる毎日だった。
勇ましいかけ声で賑わう道場や、巡察で行き来する隊士たちの汗臭い日常から、まるで切り離されたような、少し奥まった部屋。それが、新撰組総長、山南敬助の自室であった。

体調を崩しがちな山南の、静養のための部屋・・・といえば聞こえはよかったが、
名誉職に棚上げして隊の内の事から遠ざけるための陰謀だ・・・と、憤る隊士も少なくない。
そのうちの一人が、日当たりのいいこの小さな庭に現れた。

「おや、平助じゃないか。どうした、今日は非番じゃないだろう?」
「腹が痛いって言って、当番代わってもらいました。」

鼻の頭に皴を寄せて吐き捨てるように言う藤堂に苦笑すると、山南は黙って奥へ引っ込んだ。
縁側にどっかりと腰を下ろした藤堂が、少し柔らかな口調でのぞき込む。
「山南さんこそ・・・具合はもういいんですか?」
「ああ、今日は気分がよかったんでね。
 時間があるのなら、少しゆっくりしていくといい。」

見ればこのところ敷きっぱなしになっていた布団もあげられ、部屋は奇麗に片づけられている。
障子の影になったところに小さな書見台が出ている。おそらく何か書物でも読んでいたのだろう。
邪魔をしてしまったかと気になって恐縮してしまう平助に、笑いを含んだ穏やかな声が尋ねた。

「平助、腹の煎じ薬と茶、どちらがいい?」
「・・・・・・・う。・・・・ち、茶がいいです・・・・・」

本当に辛い時ならば飲めないこともなかったが、煎じ薬は途方もなく苦い。
しばらく口の中でごにょごにょ言っていた平助は、小さく呟いた。

「ははは、そうか、仮病なら心配ないな。」
笑いながら、用意していた茶と干菓子を陽だまりの縁側に並べる山南。
嘘がバレた気まずさを誤魔化すように、平助は口を尖らせる。

「何か、あったのかい?」
聞くまでもなく、藤堂の腹立ちの原因は容易に想像できた。
それは、山南自身も抱えている懸念と共通するものであったから。

この静かな部屋でひがな一日考え事をしていると、
急激な成長を遂げたこの『新撰組』という集団が、何やら摩訶不思議な生命を与えられてしまったように思われる事がある。
ただの浪士に過ぎなかった自分達が時代の追い風を受けて、世間からも認められた集団と成ってゆく。
小さなさざ波が合わさって、やがて大きな波へと繋がっていくように・・・
知らぬ間に―――少なくとも、山南にとっては―――、彼らの所属する集団は、思いもしなかった方向へ、思いもしなかった大きな力で流されていってしまうような、そんな不安があった。
そして不幸なことに、新撰組の幹部の中にはそれを正とする声の方が大きかったのだ。
その意見の相違が確執となって、旧知の間柄をむしばんでゆく。
それが、残念でならなかった。

「俺たち・・・何をしにこんなところまで来たんでしょう。」
自分の考えに没頭しそうになったところを、藤堂の言葉に引き止められた。


「・・・ついせんだって入隊したばかりの新米たちがね、
 自分は何人斬っただとか、何度斬り合いに立ちあったことがあるかとか
 そんな自慢話してるのが耳に入って。
 そりゃぁ、実戦で尻込みする輩よりは、はるかに頼もしいとは思いますけどね。
 だけど・・・それじゃぁ俺達、人斬りするためにはるばる上京してきたみたいじゃないですか。
 こんな事してるのが、本当に国のためになるんですかね。あいつら、そう思ってんですかね。
 ・・・俺には、絶対、そうは思えない。」

口火を切ってしまえば、溢れてくる言葉はとどまることを知らない。
数年前までは、小さな道場の中、皆で同じ夢を語り笑っていた。それがいつの間にか目指すものが違ってしまった事に気づいて・・・。
正義感に燃える血気溢れた若者にしてみれば、それが裏切りのように思えるのだろう。

ただ道が別れてしまっただけ・・・そう考える余裕が、山南にはまだ残っていた。
苦い微笑を浮かべることしかできず、藤堂の言葉の先を待つ。

「ちゃんと自分で考えろ、って・・・俺、言ったんですよ。
 今の状態で満足できるのかどうか。
 行き当たりばったりに行動するんじゃなくて、ちゃんと思想を持って行動しなきゃ
 俺達だってその辺の浪士と同じ、ただの人斬りになっちまう。
 尊王の志を忘れて一体何やってんだ、って。なのにあいつら・・・。」

唇を噛んだ藤堂は、涙を堪えるように俯いてしまった。
「あいつら・・・まるで真面目に聞きやしねぇ・・・
 伊東さんの頭でっかちに感化されたんだろうって、笑いやがる。
 そーいう事じゃないってのに・・・あいつら、ばかだから・・・。」

搾り出すように出た言葉。その怒りに任せた言葉の端には、仲間への情が隠されているようで・・・思わず優しい気持ちになってしまう。
・・・確執が生まれつつあっても、皆、心の中では昔のままなのだ。

「平助・・・。」
あやすように背中をポンポンと叩いて、山南はほほえむ。

「お前の言うことは間違ってないと思う。
 我々は尊王の志を持って多摩の地からここまでやってきた。
 狂犬に堕ちぶれないために、それは、決して忘れてはならないものだ。
 多分・・・近藤さんや土方君も、わかってはいると思う。
 だが、平助・・・残念な事に、素性もしれない我々が這い上がるためには
 泥水だってすする覚悟も必要なんだ。」
「だからって・・・!!」
「いいから、落ち着きなさい。
 私だって、それでいいとは思っちゃいない。
 新撰組は、未来をしっかりと見据えて、進むべき方向を修正していかねばならないと思う。
 ただ、彼らがとった方法だって・・・決して、間違っている訳じゃない。
 だから、私は正面から衝突するのでなく、できる限り・・・説いてみるつもりだよ。
 私の理論の拙いところは、きっと伊東甲子太郎先生が補ってくれるだろう。
 あの人なら、勢いのついてしまったこの集団を冷静な目で見ることができる。
 新撰組に新しい風を運んで来てくれると思う。」
「・・・・・・・・・・・」
「おまえだって、そう思って伊東先生をお誘いしたんだろう?」
「・・・・・・はい。」
「大丈夫、みんな同じ志を持っていたんだ。
 きちんと話せばわかってくれる。けれど、それにはもう少し時間が必要なのだと思う。
 ・・・仲間を、信じようじゃないか、な?」

どうにも騙されたような・・・いや、うまく言いくるめられたような気がしないでもなかったが、伊東に対しては藤堂も多大な期待を寄せている。
それに、山南の言う事も理解できた。

そんなに急ぐな・・・と言っているような、まるで道標みたいに穏やかに笑う山南が、じっとこちらを見つめている。

―――この人がいるなら、新撰組は大丈夫かもしれない。

そう思ったら、ひとりでいきり立っていたのが馬鹿馬鹿しくなって、すっかり力が抜けてしまった。
何かがおかしい、と思いながら・・・皆も、手探りで道を探っているところなのかもしれない。

「・・・しょうがないな、山南さんがそう言うんだったら・・・。
 気が晴れたら、なんだか体がウズウズしてきましたよ。
 さっき沖田がいたみたいだし、道場へでも行ってこようかな。
 ・・・顔見てると苛々しそうで、なんとなく避けてたんだけど。」
「ああ、そうするといい。
 原田君や永倉君も、平助がついきあい悪いと言ってこぼしてたから。」

優しく笑う山南に見送られて、藤堂は来た時のように庭伝いに戻っていった。
穏やかな小春日和の・・・ある冬の一日だった。


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