腰痛とインラインスケートつづきホームページも順調に仕上がり、公開にこぎつけホッとひと安心した平成14年の元旦。「初滑りは2日か3日かな?」などと考えながら最高のお正月を迎えていました。そうお昼頃までは。それは突然なんの前触れもなくやってきました。ごみを捨てようとポリバケツのフタを持ち上げた瞬間のことでした。「グキッ」と腰のあたりが、ずれる様なイヤな音がしたかと思うとそのまま激痛が走り、歩行困難な状態に。2年8ヶ月ぶりに味わう激痛。トイレに行くこともできない。いったいなぜ?どうして?お正月の元旦なのに・・・、もう良くなったはずだったのに。鍛えていたのに。?????腰痛ベルトを巻いても痛くて動けない。 この年末は、充実していました。腰痛持ちになってからの大掃除は腰をかばって、私はガラス拭き程度しかせず、ママに任せきりでした。しかし今年は障子も自分で張替え、家具の配置換えをしたり、普段手の届かないところに脚立を使い上って拭いたりと大活躍。 その合間に8年ぶりのスキー再デビュー(カズとシオリは初スキー)、そしてこのホームページをお正月公開に間に合わせるため、連日遅くまでの作業。よく考えてみるとだいぶ無茶をしていたようでした。これはきっと神様が私に与えた罰だったのでしょうか?(自分の腰を良く考えなさい。by神様)どうもわたしはこの「腰痛とインラインスケート」のカテゴリーを作っておきながら、腰痛はもう過去のことで「この先はもう腰痛なんてない。」と過信していたようです。 前回、前々回は同じような症状で、そのまま入院し職場復帰まで約1ヶ月かかっている。その後もずっとリハビリ生活。私の脳裏に「入院」「インライン引退」の文字が躍る。肉体的な激痛もさることながら、精神的なダメージもかなりのものでした。時はお正月、「救急病院や当直医院はきっとごった返しているに違いない。」私は今までの経験から、家でじっと寝ているという道を選びました。今回、前と違っていることが1つだけあったのです。それは寝ていれば痛まないということでした。前2回は寝ていても激痛がやまず、入院中からそして退院しても、痛み止めや睡眠薬を処方してもらっていたのですが、今回はとりあえず寝ていれば痛くない。なぜだか今も分からないのですが。(ただし寝返りはうてない。)1日目はさすがに冷湿布をして、ビタミン剤を飲んで寝てましたが、二日目からは逆に敷き毛布で暖めるという方法をとりました。そして今回初めての試みは、就寝中も腰痛ベルトをやや緩めに巻いて寝るという作戦をとりました。
この試みはみごと的中しました。2〜3日目になると、痛みをこらえて少し寝返りをうつと、腰や骨盤のあたりが「ゴリッ」「グリッ」と鳴って、その時のなんて気持ちのいいことでしょか。最初に書いたと思いますが、仙腸関節や骨盤付近の関節のずれが、腰痛ベルトを巻いていたことにより、正常な位置へ戻ったのか?また敷き毛布で腰部をほんのりと暖めておいたのも良かったのでしょうか。筋肉や関節が温まり動きやすくなっていたので、元に戻るのも早かったのかも。とにかく3日目の午後にはなんとか、自力歩行ができるまでに回復したのでした。この回復の早さは今までにはないものでした。 今回これほど早く回復できたのは 2.これも経験ですが、腰痛ベルトの調節が上手になってきた。 3.ウオーキングやインラインスケートで鍛えた基礎体力があった。 そして、なぜ再び腰痛を起こしてしまったのか。 何とか日常生活はできるようになったものの、インラインスケートをするまでには遠く及ばず、数年前のように平常時でも腰痛ベルトが必要な日々。「このまま引退なのか?」そんな不安が胸の中でどんどん大きくなっていく。そんな生活が約3週間。まだ多少痛むし、平常時も腰痛ベルトは巻きっぱなしの状態。しかしなんとか動けるようになってきた。前はウオーキングでリハビリだったけれど、今私はインラインスケーターなのだ。平成14年1月24日(木)(そう私は不規則な仕事のため、実は平日休みのことが多いのです。)本当にゆっくりと、初滑り&リハビリに挑戦した。まだまだ、トリックスラロームというわけにはいかないが、少しずつ動き始めた。 まだまだどうなるかわかりませんが、このコーナー絶対にいい方向へ更新しなくては。 よくなると、すぐに忘れてしまうページですが・・・ もう更新は、絶対にないと思っていたページ!2002年本当によい年でした。前半こそママの怪我や、私の腰痛再発で泣かされましたが、後半は安定しており、練習ずいぶんとでき、大会にも出場したし・・・
|
|
|